2015年10月28日

雷のきょうふ

JUN(小5)

 ぼくは学校にいるときに、
「ガラガラガッシャーン。」
 といって雷がどこかに落ちてから、あまり電気の物を雷の時には使わないで、部屋のすみっこで雷が落ちてこないことだけを願ってしゃがんでいる。

 ある日、夕ごはんの前に、テレビを見ていたら急に電気が
「パッ。」
 と消えて
「うわーなんだー。」
 とぼくが言うとまわりがまっ暗だった。すぐにかいちゅう電灯を探して、早速つけてみても電池がなくて、光が出てこなかった。
「くっそぉー。」
 と言いながらかいちゅう電灯なしで、しぶしぶ三階に行って、電気のレバーを上げようとした瞬間に
「ガラガラガラーン。」
 と部屋中に雷の音が鳴り響いた。
「ひいー。」
 とぼくは、その場にくずれ落ちた。のんきな声でお兄ちゃんが、
「どうしたー大丈夫かぁー。」
 と二階から呼びかけてきた。ぼくはなんとか立ち上がり、電気のレバーを上に上げた。

 それから、雷の時はかいちゅう電灯を常に用意することにしている。




今年の秋は、台風や地震などの災害を含め怖いと思うニュースが多かったことから、「私のいちばん怖いもの」について書いてもらいました。

この作文は筆者JUN君の恐怖があまりにも素直に上手に表現されているので、本人には申し訳ないのですが、子供らしい可愛らしさを感じてしまい、微笑ましく思いながら読ませてもらいました。
たよりの懐中電灯の電池が切れていたり、ブレーカーのレバーを上げようとしたところで雷が鳴ったりと話の進め方も上手ですし、びびりまくっているJUN君と落ち着き払っているお兄ちゃんとの対比も面白いです。そして何より、雷の時は「部屋のすみっこで雷が落ちてこないことだけを願ってしゃがんでいる」という姿を想像した時、多くの方がこの主人公を愛さずにはいられなくなるのではないでしょうか。とても素直に自分を書くことができた作文でした。

塾長

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2015年10月17日

長い喧嘩

IBUKI(中1)

「ふざけんな!」
 ぼくが友達の◯◯君に怒鳴った。そうしたらその◯◯君も
「ふざけんな!」
 そしてぼくがムカついて
「お前が悪いんだろ。」
 と言ったら、◯◯君が叩いてきた。そしてぼくも叩いて叩き合いか引っ掻き合いが始まった。まず叩いたり、ビンタをしたり、蹴ったりした。途中でぼくが誤って◯◯君の目を引っ掻いて血を出させてしまった。だが◯◯君も仕返しとしてぼくの頬をグーでパンチした。そうしたらその乱闘中に□□君が
「二人とも喧嘩はそれくらいにしろよ。」
 と言い、ぼくと◯◯君が同時に泣き始めた。すると、
「二人とも何があったんですか。」
 先生が来た。僕達はずっと泣いていたので、その事は□□君が先生に全部話してくれた。

 その後ぼくと◯◯君は教卓で事情聴取された。
「何故こんな事になったんですか。」 
 先生がぼく達に聞いてきた。そうしたら
「こいつが悪いんです。」
 ◯◯君が言ってきた。ぼくも
「いやこいつが悪い。」
 と言い始めてまた言い合いが始まった。そうするとまた□□君が
「やめろよお前ら。」 
 と大声で言った。ぼく達はまた静かになった。だがまた小声で
「お前が悪いのになんで俺が怒られないといけないんだし。」
 と言い出したとたん
「だってお前が消しゴム取ったから悪いんだろ。」
「だって返すこと忘れてたんだもん。」
 また叩き合いや言い合いが始まった。また□□君が
「何回喧嘩するんだよ。」 
 と言った。だがぼくらは□□君に
「うるさい!□□君関係ないんだから話に入ってこないで!」
 と言ったら、□□君も
「ぼくは君たちを仲直りさせようとしてるだけなのに、なんで君たちに怒られないといけないんだよ!」
 と言ってきて三人で言い争いが始まった。
 そうしたら先生が
「三人とも静かにしなさい。もう授業は始まっているんですよ。」
 気付くともう一時間以上言い合っていた。
 ぼく達は少しずつ落ち着いてきて三人でいっしょに
「ふー。」
 と深呼吸をした。ぼく達は少しずつ落ち着いてきた。すると先生が
「今回の事は各家庭に電話します。」
 と言って三人とも校長室へ連れて行かれた。

 そして先生が隣の職員室から皆の家に電話して全ての家庭に今どんなことが原因でどんなことがあったか話していた。僕達はその間も小さな声でぶつぶつと自分の思っていることを言っていた。
「あいつが消しゴム取って、俺が少し怒っただけで、あいつが逆切れしてきたのに、なんで俺まで怒られないといけないんだし。」
「あいつに借りた消しゴムを返し忘れただけなのに、あんなに怒って、ぼくも言い返したただけなのになんで俺まで…。」
「俺はただ二人の喧嘩を止めたくて少し大声で二人に注意しただけなのになんであんなに逆切れされて言い返しただけで、俺まで二人といっしょにここに来ないといけないんだし。」
 と言っていると、また少しずつ声が大きくなって、また言い争いが始まった。
 すると、
「□□君は帰っていいですよ。」
 と先生が入って来た。そして□□君がランドセルや帰る用意をし始めて帰って行った。ぼくと◯◯君は
「なんであいつだけ帰っていいんだし。」 
 と言っていた。

 ぼくと◯◯君はその後、目も合わせずに先生とぼくと◯◯君で校長室にいたら、
「コンコン。」
 校長室のドアが鳴った。
「ガチャ。」
「失礼します。」
 入ってきたのは◯◯君のお母さんだった。そして数分後……。
「ガチャ。」
「失礼します。」
 ぼくの母親が来た。そして先生がまた詳しく親に説明した。親達が
「うちの子が失礼しました。」
 などと言って謝りあった。そしてぼく達も
「今度からは消しゴム貸したらすぐ返してよ。」
「今度からぼくも借りたものはすぐに返すよ。」
 と言い合って仲直りした。




 長く作文の指導をしていると、日頃は「誰かを傷つけない限りは自由に書いて」とか「思った通りに書いていいよ」などと言っているくせに、いつの間にか子どもたちの作文に予定調和を求めるようになってしまっていました
 この作文をはじめに読んだ時も、これでは何も解決してないし、結論がないなぁ、などと感じてしまいました。もっと安心できる結論を求めたのです。でも、ここにあるのは実にリアルな結末なのです。それは、一旦は仲直りさせたとしても、本人たちの中で納得していないものが残れば、また同じようなことで喧嘩するだろうという余韻を感じさせる結末です。ということはこの作文は実はものすごく良く書けているのではないかと、だんだん思えてきました。
 そう思って読み返してみると、子どもたち三人の掛け合いは脚本が用意されたコントのごとくテンポが良く、作文を書く段階で書き手が出来事を整理して、セリフを効果的に脚色し、「子どもの喧嘩」を書き上げたように見えてきました。なるほど□□君などは、いかにもクラスに一人は居そうなキャラクターですし、校長室に連れて行かれても、まだ小声でブツクサ言っている主人公たちの様子なども目に浮かぶようです。
 さらに、この作文中の喧嘩の構図は、自分たちのことは棚に上げて互いに相手のことばかり責めているどこかの国同士の落とし所の見えない外交問題と同じようにも見えてきます。「人間は大人になっても、ずっとこんななのかなぁ」なんて勝手に考えさせられもしました。
 さて作者のIBUKI君、これだけ自分たちのことを客観的に描く目がある自分の高い能力を大切にしてください。今回は消しゴム問題で喧嘩したわけですが、何かのことで揉める場合、実はそこに至るまでの細かい出来事の積み重ねがあったはずで、消しゴムは最後の引き金にすぎないなんてことも多々有ります。ある一点だけを解決しようとしても無理があるのです。消しゴム問題が今後起こらないようにするにはどうすれば良いか、本当の解決ができるのであれば、IBUKI君が大人になったときに多くの難題を解決することができる凄い人になれると思います。ひょっとしたら外交問題でさえも。
 ところで、この作文を読んだ同年代の子どもたちの反応は、「面白かった。」というなんともストレートで好意的なものが多かったことを加えておきます。それはつまり、同じような経験をしたり、見たりした子どもが多いこと、それを分かりやすく伝える力がこの作文にあるということなのだと思います。
 それにしても今回は自分への反省も含め、考えさせられることの多い作文でした。そして何よりも、いつの時代もお母さんはありがたいものだなぁ、と改めて深く深く思いました。

塾長

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2015年10月15日

うれしい一日

bicycle-2.jpg

REO(小4)

 左足をペダルにつけて右足を地面につけた。ぼくは、自転車をこごうとしたけど、こいだらすぐにたおれた。
「はぁ〜。」
 ぼくは失敗したので、ため息をついた。
「今日は、もうむりだ。」
 ぼくは、家まで自転車をおして帰った。ぼくは、一瞬体が重く感じた。ぼくはそれから一年以上自転車に手をふれなかった。

 一年生になって自転車の練習をしようとした。それは周りに自転車に乗っていた子たちがいて、おもしろそうだから、やろうと思った。
 休みの朝、ぼくは近くの公園で練習をした。たおれそうな時は、いつも地面に足をつけた。なぜかと言うと、前よりぼくの体が大きくなっているからだ。何回もくりかえして、急にできた。できた時、うれしくて
「やったー!」
 とさけんだ。
 次に止まる練習をした。どうやって練習したかと言うと、公園にある鉄棒の所までこいで、ぶつかりそうになった時に止まる練習だ。
 ぼくはペダルをこいだ。もっともっとスピードを上げた。風が顔に当たった。鉄棒にぶつかりそうになった所でブレーキをかけた。ぎりぎりに止まった。
 その後は、ぼくは自由に自転車をこいだ。すべり台のすべる所までこいだ。止まろうとしてブレーキをかけた。でもブレーキがきかなかった。
「ガシャ︎」
 自転車はすべり台にぶつかった。ぶつかった時、ぼくは目をつぶった。ぼくが目を開けた時、自転車がすべり台にちょっとだけ、上がっていた。次からは、ブレーキをちゃんとかけるようにした。

 それから自転車で友達の家に行ったり、おじいちゃんの家に行ったり、いろんな所へ行けるようになった。自転車は歩くよりスピードが速いから楽しい。




多くの人が当たり前のように乗っている自転車。でも、初めはその練習で苦労をした方も多いはず。この作文を読んで、僕も友達に会うことがない早朝に、一人でこっそり練習したことを思い出しました。そして初めて自転車に乗れた瞬間の喜びや、自分の足で進む時とは違う推進力に驚いたり、わくわくしたりしたことを思い出しました。
また、初めて練習した時には挫折した話に始まり、少し年月がたって再挑戦し成功するという構成も読みやすく、主人公のその時々の様子や気持ちが分かりやすく伝わってきます。

塾長


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2015年10月14日

雨と太陽

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HANA Y.(小6)

 雨の日はいつもの日と違ってつまんない。学校まで歩く長い道。傘に強く当たる雨。
 いつもなら長い道にも楽しさがあふれている。太陽に向かって一生懸命な草花。雲ひとつない美しい空。小鳥のさえずり。朝の光に伸びする猫。川で水遊びするカモ。毎日が楽しい、そう思う。つまんない授業中も窓から見える風にゆれる木々。大空でつばさをめいっぱい広げる鳥。そんなものたちを眺めているとなぜか安心できる。
 今日は雨だ。朝から雨が降り続いている。今日は……何もない。空も、小鳥のさえずりも伸びする猫も。何一つ。雨に流されたのだろうか?教室の窓をのぞくと木は雨に強く打たれ、悲痛の声をあげている。鳥たちはどこだろう。家で身を縮めおびえているのだろうか。次々と疑問がわいてきた。
 すべての授業を終えた時、日の光が窓を差す。優しい光だ。だけど強く雲を切った。
 私が外に出た時、外はいつもと少し違った。花や草、木からは雨の雫がゆっくりと落ち、輝いている。その時、思った。雨は生命だ。草木に生を与える。こんな世界も素晴らしい。そう思った。




 今回の作文は、書き手の精神的な成長がそのまま文章に現れているようで、驚きました。  
 まず、書き手は晴れの日が好きだということを語り、その一方で雨の日のマイナス面を語っています。以前ならおそらくここまでの内容で終わるところですが、成長したHANAさんは、そこから、雨が止み太陽からの光が差す瞬間を描き、さらに前半で否定していた雨の良い面に目を向け、肯定しています。
 ものごとを一方向からだけ見るのでなく、両面から、あるいはもっと多くの面からとらえる力が育ってきていることを強く感じさせてくれる作文でした。長く同じ生徒さんと付き合っていると、時々、このような成長や変化の瞬間に出会うことがあります。こういう時が、この仕事をしていて良かったなぁ、と思う瞬間でもあります。HANAさんの今後の変化に要注目です。


posted by 塾長 at 14:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作文紹介
プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。