2019年03月29日

自分を好きになるために

KOTA(中3)

 卒業をした。二日前の事なのに喪失感が抜けない。私は学校が好きだったのだと気付く。
 でも、もう遅い事を、二日前には一輪も咲いていなかった桜が視覚を通して私にしっかりと教えてくる。
 満開には程遠いが、それでも少しずつ枝に付いた花は私の心の甘さを許そうとしない。強制的に心の奥に景色を焼き付け、さらに卒業した時の景色まで目の前に持って来る。
 一度目をそらす。しかし視線がまた桜に吸い寄せられてしまう。がっちりとした根元や幹は「逃げるな」と、また「お前はこれからどうするんだ」と言ってきた。
 私は理解する。桜の木は私だ。桜の声は私の心の声で、何も考えようとせず、何も動こうとしない私を、桜を通して自問自答させているだけなのだ。
 「桜の木のようになりたい」と私は言う。自分の心がその答えを求めていたのかは分からない。でも桜の声や卒業の時の景色はおさまった。
 私は歩く。卒業を養分として、満開が美しく、そして人々の目を奪えるような、とても濃い色の付いた桜の木になれるように。心に嘘をつかなくて済むように、自分が自分を好きでいられるように、私は桜のようになるために生きて行く。






中学卒業という一生に一度の出来事が、桜とともに、KOTA君の中の痛々しいくらいに純粋な感情をむき出しにさせているように思いました。だからと言って、ここに書かれている彼の覚悟は、決して卒業後という特別なひとときの思いつきではなく、この三年間を振り返る中で、自然に湧き出てきた素直な願いのようなものに見えます。自分の弱さを認めた上で、学校を好きだと確信できている事、また、自分の今後に希望を持って前に進んで行こうとしている事が読めたことを、嬉しく思います。時間をかけて、ゆっくりと、強さとしなやかさを併せ持つ樹になってほしいと思いました。

塾長



posted by 塾長 at 16:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作文紹介

2019年03月26日

初めての光景

YUYA(小5)

 「勝てるかなぁ。」「いやいや今まで勝ってきてるから大丈夫だ。」
 僕は心の中で僕自身と喋っている。
 今日は運動会当日。天気も良く、絶好の運動日和だった。
 僕は四年連続かけっこに勝っている。今年も勝つぞ!と気合いを入れてかけっこに臨んだ。
 そろそろ自分の番だ。ドキドキ心臓の音が奇妙なほどに聞こえてくる。
「バン。」
 ピストルの音が鳴った。僕は勢いよく走り出した。と思ったら、すべって少しスタートが遅れた。もうみんなはスタートしている。僕は焦った。
「やばい。やばい。」
 息をハーハーさせながらようやくテープが見えてきた。初めて相手の背中を見ながら走った。




2018年度の自分の三大ュースを挙げた後、そのうちのひとつについて、原稿一紙1枚程度にまとめるという課題に対して書かれた作文です。
簡潔にまとめられた作文ですが、短い中に工夫が見られて感心しました。例えば書き出しの場面では、不安だと書く代わりに自分自身との会話の内容を書き、さらには、緊張していると書く代わりに「どきどき心臓の音が奇妙なほどに聞こえてくる。」と書くなど、気持ちの表し方の工夫をしています。また最後の場面では、かけっこで負けてしまったことを「息をハーハーさせながらようやくテープが見えてきた。初めて相手の背中を見ながら走った。」と、自分が見た景色の描写だけで表現したことで、読んでいるこちらも同じ映像を思い浮かべながら、負けてしまった無念さを共有することができました。
短い文章ですが、随所に成長が感じられる作文でした。

塾長




posted by 塾長 at 23:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作文紹介

2019年03月15日

ぼくのミス

HARUKI(小6)

 「あと少し。」
 またミスった。神のテル君がいるが、一対0で押されている。敵は、カードのこっそり交換などをする疑いがある。そのようなことでぼくたちのジャマをしてくる。そのおかげで、テル君の十のセットが七とまちがえてなかなかそろわない。
 最終ターンで敵が六を引いてくれた。これで六が四枚そろった。しかし、テル君がまたミスして、七を引いてしまった。
 ぼくのターン。まず一枚目を引く。正解だった。そして二枚目を引く。まちがえた。六をさがして三枚目を引く。またまちがえた。ついに運命の四枚目…。なんと、ちがうカードだった。
 さらに、ぼくは、大ミスをしてしまった。ここでテル君に代わるところが、ぼくは、そのまま引いてしまった。そのおかげで負けてしまった。もし仮にここでテル君に代わっていたら、勝てていただろう。その後、テル君と少しケンカになった。
 テル君「なんで引いたんだよ。」
 自分「おまえ七引いてたじゃん。」
 ……
 でも実際にここでぼくが代わっていたら勝てていたから、ぼくのミスで負けたのだ。



この作文はトランプの神経衰弱をしているシーンを描いたものです。ただし当塾の神経衰弱はちょっと特殊でトランプ2セットを使って行います。ですから同じ数字が4枚揃って初めてポイントになるという過酷なルールなのです。4枚揃えるのはなかなか難しく、子どもたちはチーム内で協力しながら、少々ムキになるくらいの真剣さで取り組んでいるのです。
主人公HARUKI君のチームは1ポイントの劣勢ではあるものの、チームの最後のターンを前にどうやら六のカードの居場所を4枚分把握し、まさに同点のチャンスを迎えたあたりから作文は書かれています。

さて、今回この作文を紹介しようと思ったのは、この作文を授業の最後に音読した際、教室にちょっとした感動の空気が流れたからです。作文にもあるように神経衰弱を終えた段階では、HARUKI君とテル君のチームは気まずい雰囲気で終わっています。しかし、いざ作文を書き始めると、HARUKI君は冷静に負けた瞬間を描きつつ、その敗因は自分にあったと理解し、それを素直に文章にしてみせたのです。自分のミスを認めて、それを表明するという大人でも難しい行為を、作文の中で潔くやったことは脇で見ている僕にも驚きでしたし、ちょっとした清々しさを感じました。この作文を聞いていた短い時間にテル君の表情が見る見る変わっていったのも印象的でした。
HARUKI君自身、この作文で自分の落ち度を認めることで随分気持ちが軽くなったように見えました。2人はスッキリした顔で授業を終えました。
文章を書くことで心の整理をし、自分の心の中に鬱屈してしまいかねない思いを素直に文章にできたことは、これまでのHARUKI君にはなかったことで、この作文は単に神経衰弱の様子を書いただけではなく、HARUKI君の成長の瞬間の記録となりました。

塾長





posted by 塾長 at 12:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作文紹介
プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。