2019年04月29日

もしも絵が上手だったら

NOA(高1)

 ゴールデンウィークが始まった。時間を無駄にしないために、早起きをすることにした。
「ピピピ、ピピピ。」
 目覚ましと共にパッと起きる。見慣れない物体が目に入る。黒い液晶タブレットが置いてあった。テーブルを埋め尽くすほどの大きさだ。起動してみる。すると、ラフ画が表示された。まだ七ヶ月しかイラストを練習していない自分のものとは思えなかった。
 しかし、不思議とこのイラストには親密さを覚えた。席に着き、タブレット用のペンを手にする。ペンをタブレットに当てた瞬間、無意識に体が動き始めた。イメージした通りに描ける。色付けも思い通りにできた。
 絵描きに没頭していると、親が起きた。そして母が自分の部屋に入り、イラストを見る。
「相変わらず凄いわね。これからも頑張ってね。」
「うん。」
 それだけ言い残し、母は上の階に上がった。と思ったら、一旦止まり僕に一言残した。
「ご飯もちゃんと食べなさい。」
 再び階段を上がる音が耳に残った。ぼくは何も言わずにまた、手を動かし始めた。




 実はこれは全てNOA君の妄想です。ゴールデンウィーク中に実現したい場面を妄想して自由に作文にしてくださいという課題に対して書かれた作文なのです。

 まるで実際に体験してきたのかと思うほど、自然に書かれています。これだけ実現イメージができていれば、NOA君の実現したい場面は、もはや妄想ではなくなり始めているのではないでしょうか。おそらく、これに近い生活リズムでこの連休を過ごしているでしょうし、近い将来、彼は実際に同じような体験をすることになると思います。
 今回の課題は、楽しみながら成功イメージを描くトレーニングをしてもらうつもりで出したものでしたので、この作文を見て、とても嬉しく思いました。彼は目標を見つけたことで、今ではゲームをする時間すらもったいないと感じるそうです。なんとも頼もしい男子になってきました。
 加えて僕が素敵だなと感じたのは、お母さんとのやりとりです。これもまた日々の中で実際にこういう会話が行われているのではないかと思うほどの自然な内容です。特に「ご飯もちゃんと食べなさい。」の一言には、自分自身が親である僕としては、言うよなぁ、こういうこと!と納得です。そしてそのセリフが出る親子関係そのものが素敵だなぁと思いました。きっとここに書かれている出来事は妄想でも、そこにある親子関係はすでに存在するのでしょう。
 目標に向かう主人公を応援したくなる作文でした。

塾長





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2019年04月28日

歳をとって

KOTARO.I.(高3)

 最近は、時が過ぎるのがあっという間な気がする。高校生になったあたりから、そう思うようになった。小学生の時は良くも悪くも、時が過ぎるのが長く感じたものだ。今日も桜を見て、もう一年も経ったのかと驚いたものだ。歳を重ねるごとに時間の感じ方が短くなっている。私はそれが悲しくもあり、不思議である。

 私は、生き物の寿命によって時間の感じ方が違うのではないかと思う。
 例えば、セミは成虫になってから七日間しか生きることができない。私たち人間からすると七日間はすぐであるが、セミの成虫はその七日間が一生である。要するに、セミには七日間が人間でいう百年間みたいに時間を感じているのではないのか。
 私はそういう生き物や年齢によって時間の感じ方が違うのが悲しくもあり、不思議でしょうがない。




少し前に桜を見に行った時の作文です。
読んでいるうちに、セミの成虫にとっての七日間は僕らが思うほど短いものではないのかもしれないという気になってきました。確かに星の一生に比べれば人間の一生など一瞬の時間だと言われますが、生きている当人たちにとっては、山あり谷ありドラマありのなかなかに長い時間であります。なるほど時間の長さや重さの評価は相対的なものなのかもしれません。なんとなく時間の秘密が分かってきた気がします。ということは、どんな短い時間でも、例えばたった一週間でも、それを自分の一生と思って必死に生きることができれば、何かの生き物の一生分と同じくらいの価値をそこに見いだせるかもしれません。この作文を読んだら、もっと時間を大切にしようと思うだけでなく、自分の残りの時間に、まだまだ大きな可能性があるような気がしてきました。ありがとう!ちょっと元気が出ました。

塾長



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2019年04月27日

カメレオン。

YUKA(高3)

僕はカメレオン。どんなものにもなれるよ。
ミュージシャンにだって、アイドルにだって、平凡なOLにだって、厳しい部長にだって、きっときっと、総理大臣にもなれる。
僕にはみんなの気持ちがわかる。想像できるんだ。その人を知って、どんな生活をしてるのかを知って、その気持ちを深く考えてみる。そうすれば、僕もその人になった気になって、いつしかそれが本当の自分だと錯覚し始めるんだ。でもね、また別のものが来たら、さっきのとはまた別物になっているんだ。そうして気付くんだ。本当の色を自分は知らないって。どれが本当の自分?みんな自分を持ってるよ?みんなはコンプレックスも、お気に入りも持っている。それを幸か不幸かというかはその人次第だ。でもね、コンプレックスもお気に入りに変えてる人達だっているんだ。じゃあ僕のコンプレックスはなんだろう?お気に入りはなんだろう?探してみよう!そうして見つかったのは、僕には何も色がないってこと。透明なカメレオンだってこと。この世界は平等を歌った嘘つきだ。平等なんて嘘つき。僕には個性なんてものはない。誰かの色を借りることしかできない。ああ、この世の全ての色が全て流れてくれればいいのに。そうすればみんな透明になるのに。そんな心から思ってもないことを言ってみたくなるほどに自分を見たくない。僕は僕と会いたくない。

ある日、あひるの彼がやってきた。そして僕に言ったんだ。「君だけは色を重ねることができるだろう?」って。
「でも全ての色を混ぜたら黒になってしまうよ?全ての色を掻き消してしまうじゃないか。」僕は不安になった。
「混ぜるんじゃない。君は今まで何度もいろんな色を上から重ねてきただろう?まだ君の中には何層ものいろんな色があるんだ。それは君が今まで大切にしてきたものさ。」
そして、僕は僕の尻尾の先を少しだけ、ほんの少しだけ切ってみたんだ。そしたらね……誰よりも沢山の色を持っていたよ。そう、僕はカメレオン。カメレオンなんだ。ねえ、君の色は何?








YUKAさんの文章を読むと、毎回新しいYUKAさんの本当の部分を少しだけ分けてもらったような気分になります。彼女が登場人物に話させる言葉は人の心の不安や弱さや、あまり日頃はペラペラとお話ししない部分まで踏み込んでくるからです。他人への憧れ、人の真似をすることの限界、コンプレックス等、多くの感情がこの作品の中でも描かれています。もちろんフィクションの形を取っているので、他の誰かを投影しているのかもしれないですが、僕にはYUKAさんの様々な要素が文章になって溢れ出てきているように思えるのです。今回の「カメレオン。」は実はYUKAさんが当塾を卒業する日にメールで送ってくれたものです。YUKAさんを送り出し、僕は帰宅途中の電車の中で読みました。電車に揺られながら静かに感動し、嬉しい気持ちに包まれたのを覚えています。何にでもなれるけど、まだ自分が何者か分からず不安になるカメレオンが、悩んだ末、最後には自分の良さを知り、それを自分自身で認めることができたからです。そしてYUKAさん自身がカメレオンだとしたら、教室での日々を通して、同じような感覚を持ってくれたのかもしれないと思えたからです。今でもこの作品を読むと、少し心が温かくなります。

塾長




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2019年04月26日

またね

GEN(小5)

 僕は一人で目の前の水そうをながめている。水そうの中には、金魚が四匹いる。ドキン、はくし、すいか、クキ、みんな楽しそうに泳いでいる。でも、本当は、もう一匹いた。

 お父さんが、金魚五匹を両手いっぱいにかかえた袋の中から、水そうの中に入れていた。金魚は水そうに入れられた後、中で元気よく泳いでいた。みんなうれしそうに泳いでいた。
「わ〜元気だな。」
 次の日は、昨日と同じくらい、とっても元気に泳いでいた。僕が、エサをあげようと思ったら、げんのすけが僕の所に、必死で泳いできて、エサをパクパク食べていた。かわいかった。
 異変に気付いたのは、その次の日の朝だった。なんだか、げんのすけが全然元気がなかった。僕は、ちょっと心配になってきた。
 その四時間後、僕が家に帰ってきたら、悲しそうにお母さんが、
「げんちゃん、金魚が死んじゃったの。」
 僕が水そうを見てみると、げんのすけが浮いていた。
 僕はずっと泣いた。
 それから、お父さんが帰ってきて、げんのすけを外に持っていった。その時、僕の家の前に住んでいる男の子が来て、
「どうしたの?」
 と聞いてきた。僕は、
「僕のお気に入りの金魚が死んじゃったんだ。」
 と答えた。そうしたら、
「残念だったね。」
 とその男の子は言った。
 お父さんが土をほった。金魚が土の上におかれた。そして、げんのすけは、ゆっくりと土にうめられた。僕は心の中で、
「またね。」
 と言った。

 僕は一人で目の前の水そうをながめている。水そうの中には、金魚が四匹いる。でも、僕の心の中には、今も五匹いる。




今回の作文では、現在のシーンから過去の回想に飛ぶ書き方に挑戦してくれました。冒頭と最後に書かれている場面が印象的で、今も水槽を眺めては、げんのすけ君を思い出しているGEN君の後ろ姿が目に浮かぶようです。また、げんのすけ君が元気な時の「僕が、エサをあげようと思ったら、げんのすけが僕の所に、必死で泳いできて、エサをパクパク食べていた。かわいかった。」という部分はとても素直で可愛らしい描写になっていて、GEN君がお気に入りの金魚との時間を楽しんでいた様子がよく伝わってきます。この楽しい時間が書かれていたからこそ、その後の悲しみが読む人に伝わりやすくなり、冒頭と最後の場面にはせつなさが加わったと思います。小さな家族のことを大切に思う、小学生の男の子の気持ちが上手に書かれた作文でした。

塾長




posted by 塾長 at 12:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作文紹介

2019年04月25日

ろうそく

SUMIRE(小6)

 「ハッピバースデートゥーユー…」
 ふと私はろうそくの火を見る。 
 今から六年前。私がまだ小学一年生になる少し前のこと。

 「九十一本ろうそく立てるの〜?」
 いとこのぜんが、おばあちゃんに聞く。
「さすがにそれは大変だから九本にしよっか。」
 私のひいおばあちゃんは九十一歳。でも、ひいおばあちゃんは九十一歳に見えないほど元気。杖だってついていない。私と一緒にお菓子だって食べてくれる。
「ひいおばあちゃん、お菓子食べよ〜。」
「分かった。今行くわね。」
 ひいおばあちゃんはすぐに私の元に来てくれる。
 誕生日から数日たった。お母さんの携帯に一通のメールが届いた。それは今日本当だったら来るはずのおばあちゃんが来られなくなったというメールだった。ひいおばあちゃんが風邪をひいたらしい。とたんに私はひいおばあちゃんが心配になった。年をとるにつれて、ちょっとの風邪が重病になってしまう。
 その日の夜、ふとんの中で私は心配していた。
「今何しているかな〜。熱あるのかな〜。」
 そんなことを考えているうちに、私は眠りに落ちた。

 「九十七本ろうそく立てるの〜?」
 いとこの花がそうおばあちゃんに聞く。
「さすがにそれは大変だから九本にしよっか。」
 パパが火を灯す。フォーン、フォーン、フォーン。
 今、ひいおばあちゃんはお菓子を食べない。けれど私が呼ぶとゆっくりだけど来てくれる。私はそれだけで嬉しかった。私は六年前のようにろうそくの火を見た。そして心の中で、心を込めて言った。元気でいてね、ひいおばあちゃん。




「今、ひいおばあちゃんはお菓子を食べない。けれど私が呼ぶとゆっくりだけど来てくれる。私はそれだけで嬉しかった。」
この部分を読んで僕が最初に感じたことは、自分が九十七歳まで生きられたとして、その時に、誰かが僕のことを呼んでくれるだろうか?たとえちょっとの用事だとしても、来て欲しいと思ってくれるだろうか?ということでした。そんなことを考えながら読み返して見ると、実はこの場面、曽祖母様にとってとても幸せな瞬間なのではないかと感じられました。同時に、愛するひ孫に呼ばれて、億劫ながらもよっこらしょと体を動かす時の曽祖母様の嬉しさや表情が思い浮かび、なんとも温かい気持ちになりました。人は誰でも年を取るにつれ、それまで当たり前にできていたことができなくなって行きます。そのことを実感できるだけの時間を生きて来て、ようやく僕が気づけることを、SUMIREさんは無意識であれ、すでに気づいているようです。でなければ、ただこちらに来てくれるだけの行為を嬉しいとは感じられないはずです。呼ぶ人も呼ばれる人も同時に一つの小さな幸せの中にいるこの場面を、そういう小さな幸せの形を、まだ小学六年生の筆者が見つけて書いてくれたことに、僕はちょっと感動しました。
もちろん、この作文はそれ以外にも多くの工夫が含まれています。ろうそくの炎という象徴的な光を主人公が想いを馳せる際のきっかけに使っていること。それをタイトルに選んだこと。六年前と今で変わったことと、変わらないことを描くことで、時間の流れを表現していること等々です。でも今回は、そういう技術的な進歩以上に、SUMIREさんの大切なことに気づける力に感心させられました。

塾長





posted by 塾長 at 14:26 | Comment(1) | TrackBack(0) | 作文紹介
プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。