2019年08月09日

旅の始まりと終わり

HARUKI(中1)

 今、僕と弟は走っている。ドアが見えた。入ると、椅子ばっかで道がせまい。自分たちの椅子を見つけると座って少し待った。すると、アナウンスの後、僕たちを乗せた飛行機は飛び立った。
 その後が楽しみだ。僕はコントローラーを取った。飛行機の席に付いている画面でゲームをした。約一時間ゲームを満喫した。次の飛行機は六時間。これにも画面が付いていたが、ゲームの量は少なかった。だからゲームは途中であきてしまい、「ファンタスティックビースト」の新しい映画をまた見た。
 そして次に乗ったのは帰り。これも六時間くらいで、来るときのゲームと同じ内容だったから、少し興味のあった映画「七つの会議」と「アクアマン」を見た。だが、それでも時間が余ったから、コナンのアニメを見ていたのだが、午前〇時発の飛行機に乗る前から、一睡もしていないから、そのまま寝てしまった。
 気がつくと空港の椅子に横たわって寝ていた。その後は暇だった。
 そして最後の飛行機に乗る。一番最初に乗った飛行機の経路と同じだから、モニターの内容も同じだと思っていたのだが、乗って座るとわかった。
「モ…モニターが無い。」
 がっかりした。その後、飛行機が加速し始めた。そこから窓をふと見ていた。だんだん高くなるにつれ伊勢湾全体が見えてきた。その後、雲に入った。すると、ジェットコースターのようで面白い。そして上下が雲に挟まれた空間に出た。あの雲はうろこ雲、あの雲はクジラ型、というふうに雲の型を当てたり、型から物を連想したりした。着陸前には車や建物が、ミニチュアのようで面白い。退屈になると思っていた一時間が楽しめた。
 旅の始まりと終わりの飛行機はかなり楽しい。飛行機の中で寝ている人は飛行機の中を楽しんでみてはどうですか?

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 この作文は六月の初めに書いてもらったものです。せっかくの旅の話なので夏休みに載せようと取っておきました。この時の課題は「伝えたいことを決めてから書くこと。」で、HARUKI君はこの作文で『飛行機の中は、意外に楽しい。』ということを伝えようとしました。
 前半はおきまりのゲームと映画の時間。座席で小さな画面をじっとみている主人公の姿を想像すると、ちょっと窮屈そう。でも実はこの前半がとても効果的でした。おかげで窓からの景色を見ている場面がとても開放感があって、心地よいものに感じられたのです。前半と後半のギャップを使った上手い構成でした。
 さて、この作文を書いてもらった直後、僕は写真の仕事でニューヨークまでフライトが控えていました。飛行機が苦手な僕はフライト前にはいつも憂鬱になるのですが、おかげで出発前は飛行機に乗るのが少し楽しみに感じました。つまり、HARUKI君の伝えたいことはちゃんと僕に伝わっていました。

塾長



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2019年08月03日

背中

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朝早く目覚めたので近くの水辺へ。
朝の5時台ならまだ散歩もできる程度の暑さです。
それでも生まれたての太陽は、存在感を誇示するように世界をオレンジ色に染め始めています。ああ、今日も暑いのか。僕は日中の暑さを想像しては、心で白旗を上げます。本当はまだそんなに暑くないのに。

この花はそんな時でも太陽の光に向かって顔を向けていました。
その後ろ姿はちょっと頼もしくて、格好良くて、呆れちゃうくらいです。
今日も前を向く向日葵。

どこか真っ直ぐすぎるこの花を、本当はあまり好きではありませんでした。
若い頃の僕は、ちょっと斜に構えて世界を見ては、
1番より2番を応援したいと言ってみたり、
みんなが賞賛している存在にケチをつけてみたり。
思えば、向日葵だけでなく、人に対してもそうでした。
例えば真っ直ぐ目標に向かって前進できる人に対しても。

結局、自分の弱さを自覚させられるのが嫌だったのでしょう。
今なら、そんなちっちゃな自分も人間らしいね、なんて認められるけど。

ところで、僕が写真を撮り始めたのは50歳のほんの手前の頃でした。
期待通りの自分になれないことに、自分が一番苛立っていることを認められないまま過ごしてきた僕も
写真を撮る時だけは、素直になることができました。
だって写真は光をとらえる行為なのです。
どんなにひねくれていたとしても、美しい写真を撮ろうと思えば、光を探すのです。

それは、とても心地良い時間となりました。
美しい光、
優しい光、
強い光、
弱い光、
世界を包み込むような光、
影を写していたとしても、結局は僕は光を追い求めているのです。

僕はようやく素直にひまわりの格好良さも感じられるようになりました。
バカがつくくらい真っ直ぐに目標に向かっていく人の眩しさを素敵だと思えるようにもなりました。
遅いけど、一生気付かないよりは良かったですね。人間は50歳になっても成長できるのですねぇ。

そして今、
光を目指して
前ばかり見ているこの花の
後ろ姿に惹かれます

真っ直ぐ光に向かっていく背中を見ていたら、
つまり一緒に同じ方向を向いていたら、
いつか僕の背中も少しは格好良くなるでしょうか。

大人になりたくないとか
働きたくないとか
未来を嘆く子どもたちに
後から追ってくる子どもたちに
大人になるのも悪くないよね!
と思ってもらえる格好良い大人になりたいのです。

だって、大人になるのも良いものだ、と最近僕は本当に思うのです。





posted by 塾長 at 15:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。