2015年08月27日

ビードロ電球

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子どもの頃、ダイヤモンドやエメラルドを欲しいと思ったことはないけれど、ビー玉を見るといつも欲しかった。ビードロ。ラムネの瓶。青。緑。透明。光。ビー玉を手にとって子どもながらに思い浮かべるのは、懐かしくて幸せな言葉の響きばかりだった。宝石のようにキラキラとした光とは違う、飴玉のようなとろんとしていて舐めれば甘い味がしそうな光でもって、ビー玉は僕を惹きつけた。

教室のそばに気になる白熱電球がある。おしゃれなお店の軒先に付けられているのだが、もう何ヶ月も切れたままなのだ。昼間は他の仲間たちとどこも変わらないのだけど、夕刻になり仲間たちがLEDとは違う柔らかい光を放ち始めても、彼は相も変わらず眠ったままだ。

でも、実はその姿がすごくいい。周囲の照明の光や暮れ始めの空の光がガラスを通り、その丸みのある輪郭を際立たせる。光を放ちながら膨張して見える仲間たちとは違い、まるでビー玉のようなとろりとした光は、ああこれはビードロなのだと改めて思わせてくれる。

僕もすっかり大人になったからか、まだ子どもだからなのか、それは別の機会に考えるとして、最近は何が贅沢なのか考えることが多くなった。LEDは省エネだし、エネルギー問題や温暖化問題を考えれば素晴らしい発明だ。でも、時々切れてはビー玉のような光で僕を喜ばせる白熱電球も、感受性を刺激してくれるとても贅沢な品だと思う。白熱電球がひとつ切れたところで街は暗くはならない。もうしばらくは、このままの姿でいて欲しい。ひょっとしたら、お店の人もそのつもりで長らくこのままにしていてくれているのかもしれない。

塾長

posted by 塾長 at 13:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。