2016年09月24日

友達とゲームざんまい!

REO(小5)

 「こんにちはー!」
 下で友達の声がした。ぼくは急いで家の階段を降りた。今日は、ぼくの親友がひさしぶりに家にとまりにくる日だ。ぼくは、この日をわくわくして待っていた。
 ぼくは友達をすぐに家にあがらせ、最初からいっきに遊んだ。カードゲームをしたりテレビを見たり、いろいろな遊びをやった。
 次に外へ出てボウリングをした。最初はぼくが有利だったけど、だんだん友達がこつをつかんできて、三回も負けた。
「悔しいー。」
 ぼくはつかれてあくびをした。

 それからぼくたちは、家に帰ってひたすらゲームをしまくった。パソコンでゲームの攻りゃく法も見た。
 ぼくらがやったゲームはゲームのプログラムを相手にバトルするものだ。ぼくたちは交代交代でプレイする。ぼくがゲームをしている間、友達はぼけーっと横で見ていた。でも友達がやっている時は、ぼくは相手の弱点を教えたり、相手の好物を教えたり、アドバイスをしていた。こうしてまたひたすらゲームをした。

 「ごはんよー。」
 とお母さんの声がした。もう少しやりたかったけど、しかたなくぼくたちはゲームをやめた。ごはんはカレーだ。ぼくたちはカレーをばくばく食べまくった。
「いっそげー。」
 ぼくたちは、ずっと見たいテレビがあった。だから僕たちは急いでいた。早くテレビをつけて、遅れていないか確認した。
「まにあったー。」
 とぼくたちは言い、テレビを見た。
「楽しかったー。」
 と言ってテレビを見終わるとお風呂に入った。

 ふとんをしいてもらいそこにねころがった。そしてまたゲームをした。まだ見たいテレビがあるのであるのでまたテレビを見た。でもそれは意外と長かった。だからもう見るのをやめ、こりずにゲームした。最後はもう眠たくなったのでねた。
 ぼくは今日やったゲームのことを思った。友達がいてゲームをやって、一人でゲームをするよりよっぽど楽しさがあるんだと思った。



『ゲームをして、テレビを見た』ことばかりが、ひたすら書いてあるのですが、主人公がそれを全力で楽しんでいる勢いのようなものが伝わってきて、ちょっと微笑ましくなりました。例えば親友が家に来るなり「最初からいっきに遊んだ。」という表現は主人公の喜びや楽しんでいる気持ちの大きさを感じます。そして最後には「友達がいてゲームをやって、一人でゲームをするよりよっぽど楽しさがあるんだと思った。」という気づきがあり、ゲームをやることからも子どもたちは何かを掴み取っているのかと感心させられました。この最後の一文がなければ、ゲームばかりしてないで!と言いたくなるところでしたが(笑)

塾長


posted by 塾長 at 15:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作文紹介
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プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。