2017年08月17日

期限付き

SHINOMI(中3)

 「ねえ、しのみ・・・。」
 きた。鬼が来た。
 ゴールデンウィークになって初めての部活。今日から五月六日の土曜日まで、午前中と午後の二部練習がある。最初の大会まで自分を追い込める日が、ゴールデンウィークしかない。よし頑張るという気持ちと、途中で体をこわしそうという不安がグチャグチャの状態で頭の中にある。そんな不安定な気持ちの時。

 「ねえ。しのみ。この前体育記録会の時、どうして百メートル走を二本もダッシュしたの?足を痛めている人が、どうして足を使う百メートル走を二本もとばしているの?周りからそういう声があった訳じゃないけど、なんだ、しのみ先輩普通に走れているじゃん、って思っている後輩や先輩も沢山いると思うよ。」
 とコーチに眉間にしわをよせた顔で言われた。びっくりしたというか、
「は?何だよお前。」
 という気持ちが顔に出た。確かに体育記録会の夜、足が筋肉痛になったのは事実だし、座っても寝ても足のしびれはおさまらず、夜寝られなかったのも事実だ。でも自分からコーチに、足のことを言えば、絶対に怒られて面倒なことになるとわかっていたから言わなかった。
「確かに、その日の夜に足がしびれて全然寝られなかったのはヤバイなと思いました。でもリレーまでに休み時間もあったし、自由に遊ぶ時間もあったので大丈夫だと思って走りました。ちゃんと自分で考えて走りました。」
 と言った。でもコーチには届いてなかった。
「考えたんだ。でもその考えはあさはかだったと思うよ。」
 否定された。自分の考えを否定された。怒りが腹の底から湧き上がってきた。でもなぜか言い返せない。言葉も出てこない。目力というもので反抗しようとした。もちろんいつものクセでコーチのことを「は?」っていう目で見ていたはずだ。でもいつの間にかストレッチマットが雫でビッチョビチョになっていた。泣いていたんだ。私の学年には『泣いたら負け』というわからないルール的なものができていた。だから頑張って涙をこらえようとした。でも無理だった。次から次へと涙が出てくる。ギュッとこらえると唇がプルプルして力をゆるめると滝のように涙が次から次へと出てくる。
「しのみの痛みは皆にだって私にだってわからない。でも足を使って何かをする時は人が誤解するような行動は慎まないとね。皆もしのみも気分が悪いでしょ?」
 毎回毎回これを言ってくるんだ。『私にはあなたの痛みがわからない』とか『自分で考えなさいよ。』とか『しのみは頑張ってる。』といきなりほめてきたりとか。とか。とか。うんざりする。心の中ではもう怒りが爆発しそうだった、でも涙のせいで、うなずくことしかできなかった。部Tシャツの襟元が涙でビッチョビチョで冷たくなっていた。

 なぜかその後は、
「今日はとにかく無理しないでね。」
 と言われ終わってしまった。今もまだモヤモヤが心の中にある。あの日味わったあの状態のまま。そのせいというかそのおかげでさらに重大なことを決意した。
「私は中三でベストが出なければ、やめる。次に入る部活はカルタ部にする。」
 もうカルタ部の友達には高一から入るからよろしく、と言っておいた。だからカルタ部には一応所属していることになっているはずだ。
 高校の三年間をむだにしないためにあと一年だけメンタルと体力をきたえていこうと思う。あと一年の間であの鬼を一度でも見返してやりたい。




 相手に向けられる怒りや苛立ちの表現は、主人公を一見とても強そうに見せます。しかし突然溢れる涙が、主人公の気持ちがそんな単純なものではないことを伝えてきます。強さと脆さが同居している思春期の張り詰めた感情に、読んでいてヒリヒリするような感覚を受けました。
 中三になったSHINOMIさんは、自分の気持ちに向き合い、それを言葉にする作業を丁寧にするようになりました。そこに書かれている感情は、決して楽しいものばかりではありませんが、今しか書けないものばかりです。こういった作文たちは後にSHINOMIさんにとって貴重な記録になると同時に、自分の感情を相手に伝えるための訓練になっていると思います。
 SHINOMIさんがいろいろな葛藤を乗り越えた後、穏やかで満たされた気持ちをその鍛えられた表現力で書く日が今から楽しみです。

塾長


posted by 塾長 at 10:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作文紹介
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プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。