2018年03月25日

時間とは

OTO(中2)

「体の細胞は、常に入れ替わっているんだよ。だから、昨日の自分はもういないとも言える。」
 と先生は言った。さらに
「でも、細胞がリレーをしてくれているから今の自分がいるんだよ。」
 と言った。
 じゃあ、全ての生命体は、みんなでリレーをしてることになるのかなぁなんて思う。
 一つ一つの生き物は、自分の中でリレーをしているし生物全体でもしている。一度に二つのリレーを走るのは不思議で面白い。
 それに、自分のリレーは、自分の命が終わればそれでおしまいだけど、全体のリレーは、地球のある限り続く。自分を中心に考えなければ、生物全体で一つの生き物のようにも見えるし、細胞一つでも生き物のようにも見えるから面白い。
 もし生物全体で一つの生き物ならば、僕も細胞のような存在で四十何億年の十四年でとてもちっぽけに思えた。
 地球という一つの生物の中で僕という一つの細胞が生きているのは頭では分からないほどスケールが大きい。




引き続き、時間をテーマに書いてもらった作文を紹介します。参照「時間について」

僕らは小さな細胞の集合体である一方で、僕ら自身もまた大きな生命を作る細胞の一部である、という考えはとても新鮮でした。小さい細胞が生きられる時間や、人が生きられる時間は長くはないけれど、もっと大きな生命を思う時、僕らの命の時間は半永久的と言っていいほど壮大なものになるのですね。またそれぞれが全体になり、部分になり、同時に二つのリレーをしているという考え方にも感心しました。言い換えれば、生物は皆、二つの時間を生きているとも言えるのですね。
時間について考えるところから始まって、命のあり方にまで想像が広がっていくOTO君の作文を読んでいると、命の源について、色々な考えが浮かんで来ます。今後も自由な想像力を大切にして書き続けて欲しいです。

塾長


posted by 塾長 at 00:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作文紹介
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プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。