2013年01月16日

「ナイスキャッチ」D

KAORI(高3)

 いつものようにスッスッハッハッと呼吸をしながらランニングウェアをシャカシャカとならして、走った。早くあのボールの音を聞きたい。周りの風景がどんどん流れて行く。走っているのに電車に乗っているみたい。汗が目に入っても構わない。早く高架下まで行きたい。もうリズムなんて関係ない。私は走った。気付いたら、あっという間にお豆腐屋さんを通り過ぎていた。

 あと百メートルくらいで大輔君がいる高架下に着く。少しスピードを落とした。息を整えていつものリズムで走った。だんだん、だんだん大きくなる音。久しぶりに聞いた。「パンッ。パンッ。」と聞こえる。大輔君かな?大輔君だよね。初めて高架下に来た時みたいだ。いつものように、あのいつもらしさを出して走った。そして、いつものように挨拶しようと口を開いて声を出そうとした瞬間
「こんにちは。」
 とあの野球部のあの大輔君の声がした。先を越された。私はビックリしたのと少しの嬉しさで口が「こ」のまま固まってしまった。ワンテンポ遅れて
「こんにちは。」
 と言った。
「音で分かりましたよ。お久しぶりです。」
「えっ。ばれちゃった?久しぶり。」
 音で私だって分かったんだ。うれしいな。すると、またも先を越された。
「良かったら、キャッチボールしませんか!?」
 今度は「お」の形で口が固まってしまった。(決勝戦まで進んだこと、おめでとうって言いたかったんだけどな。でも、大輔君とキャッチボールできるなんて…。)
「あっ。嫌だったら大丈夫ですよ。急に変なこと言ってすみません。」
「違うの。うれし…、いやっ、びっくりして。キャッチボール好き。お願いします!」
 私がそう言うと大輔君は桜月高校と書かれたエナメルバッグからグローブを取り出して私に渡してくれた。
「ありがとう。」
 大輔君は小走りして、距離をとってこっちを向いた。
「いきますよー。」
「はーい。」
 私は右手を大きく振った。私は胸の前でグローブを構えた。ボールが飛んできた。私が何をしてなくてもグローブにスパッとボールが入った。すごい。コントロールが良すぎる。力加減もボールの速さも調度いい。そして、グローブにボールが入った時の音がすごく気持ち良かった。オレンジ色の光に包まれた大輔君から一言、言葉が飛んできた。

「ナイスキャッチ。」

 私は、大輔君に思いっきりボールを投げ返した。大輔君のグローブに入りますように。白いボールがオレンジの世界に吸い込まれていく。でも、方向が違う気がする。どうしよう。右に寄りすぎたかも。私は目を閉じた。ボールの音が聞こえない。風の音しか聞こえない。
「パンッ。」
 私は、目をゆっくりと開けた。大輔君がグローブを大きく振っている。そのグローブの中には白いボールが入っている。私も
「ナイスキャッチ」
 と叫んだ。

 楽しくて、嬉しくて、なんか幸せでずっとキャッチボールをし続けた。最初は沢山お話をしていた。マンションのベランダから練習風景が見えたこととか大輔君の担任の先生が私の通っている大学の卒業生だとか、ごく普通のお話をしていた。その時にちゃんと決勝戦のことをおめでとうと言えた。「おめでとう」と言って「ありがとうございます」と言った大輔君の笑顔が忘れられない。
だんだんと口数が減って、最終的には無言でキャッチボールをし続けていた。気まずさとかは何もなくて、ただただボールを投げていた。風で揺れている草の音、ランニング中のお姉さんの足音。そして、グローブにボールが入る音。三つの音がオレンジ色で包まれた世界で鳴り響く。

「ナイスキャッチ」Eに続く

「ナイスキャッチ」@から読む
「ナイスキャッチ」Aから読む
「ナイスキャッチ」Bから読む
「ナイスキャッチ」Cから読む
posted by 塾長 at 00:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 週一連載小説
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プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。