2013年01月20日

「ナイスキャッチ」E

KAORI(高3)

 あれから二日。あっという間に、決勝戦の日が来た。午前七時。空は真っ青。風は心地よくて、野球には影響しない程度。十一時まで何をしよう。早く起きすぎたな。私は、コーヒーを入れてラジオをつけた。まだ、アイスコーヒーの美味しい入れ方が分からない。決して、美味しいとは言えないアイスコーヒーを片手にベランダに出た。桜月高校の校庭には誰もいない。お昼の賑やかさを一切感じない。あの、鉄棒の辺りで練習していた大輔君を思い出した。贅沢なことを言うと、投げている姿には見慣れているので、また、バッティングしている姿を見たいな。

 落ち着かないので、私はお散歩することにした。スウェットとサンダル。昨日塗ったばかりのブルーのペディキュアがコンクリートによく映える。いつも走っている道をゆっくりと歩く。もう、夏希さんやおじいちゃん達は起きたかな。三十代くらいのカップルが私を追い越して行く。無駄の無いフォーム。後ろから見ていて、すごく綺麗だった。私は走り終わる頃には、フォームとリズムがくずれていていつも夏希さんに笑われる。また一人、プロが着るようなランニングウェアを着ている男性が私を追い越して行った。この時間も夕方みたいに走っている人が多くて驚いた。十一月に開催されるマラソン大会には、みんな出場するのかな。今年はぜひ参加したい。そして、もっと沢山の人と顔見知りになりたい。
「おはようございます。」
 右側から少し息があがった挨拶が聞こえてきた。朝にぴったりな透きとおった声。鼻筋が通った美しい横顔。白くて長い首筋が綺麗だ。誰だろう。どこかで見たことがあるような気がする。私は誰か分からないまま「おはようございます。」と挨拶をした。声をかけてくれた彼女は微笑みながら軽く会釈をして、スピードを上げて走っていった。誰だ・・・。思い出せない。あの横顔は・・・ん!いつも夕方、ポメラニアンをお散歩させているお姉さんだ。髪が結んであったから分からなかった。それよりも、私に気付いてくれたことがうれしい。たまには、朝も走ってみようかな。
 高架下まであと少し。大輔君が居ないことは分かっているけど、ドキドキする。スウェットじゃなくて、せめてランニングウェアに着がえてくれば良かったとさえ思う。ボールの音が聞こえてきそうで、聞こえてこない。髪の毛を整えてから「こんにちは。」と言ってみた。返事は無い。当たり前だ。なんだか可笑しい。私は辺りを見渡してみた。風の音。風で揺れる草。でも、風が吹いたと思ったら、ぴたっと止まって車の音だけが聞こえる。高い壁。青空とはミスマッチなグレー。上からゆっくりと視線を下ろすと一部分だけ白くなっていた。ボールの跡だ。私は、そこをゆっくりと優しくさわってみた。壁当てしている姿、バッティングしている姿、キャッチボールしている姿。色々な姿の大輔君が頭の中に浮かんでくる。沢山練習してたのは確かだけどそんな簡単な言葉で表せるような練習量ではない。「がんばれ。」としか言えないはかなさ。もっと重みのある言葉で応援したい。何か言葉はないのかな。私の知識が足りないのかな。新しい言葉をつくってしまいたい。でも、思い付かない。私は両手でもう一度さわって、「勝てますように。」とつぶやいた。

「ナイスキャッチ」Fに続く

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posted by 塾長 at 00:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 週一連載小説
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プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。