2013年01月30日

「ナイスキャッチ」F

KAORI(高3)

 私はシャワーを浴びて着がえて準備をした。かばんにタオルやポーチや冷凍庫で冷やしたペットボトルを入れた。そして、最後にグローブをそっとかばんに入れた。夏希さんから家を出たという連絡が入ったので、戸締りをした。ドライヤーのコンセントを抜いて、ガスの元栓を閉めてベランダの窓の鍵を閉めて、マンションの下に降りた。エントランスの窓から、ちょうど反対側のマンションの影に夏希さんが見えた。私は小走りで外へ出て手を振った。夏希さんも私を見つけて手を振って、こっちへ走って来た。
「おはよう。」
「おはようございますっ。」
 私達は、いつものランニングロードではなくて大通りを歩いて、野球場へ向かった。高校時代に野球部の応援に行くつもりだったのに自分のバスケの試合とかぶっていて行けなかったという記憶がある。大通りには、野球場へ行くらしき人たちが沢山いた。桜月高校の生徒はもちろん、他の学校の生徒も中学生や小学生も野球場へ向かっている。左側に緑のネットが見えた。自然と早歩きになっていた。受付でチケットを買ってから係りの人にチケットを渡して球場に入った。オレンジ色の観客席、緑のネット、芝生に土。チアや応援団は応援の練習をしている。野球好きの地元のおじさんや保護者、制服の集団で席が埋まっている。その集団に入るのは、少し怖いので外野席へ行った。席を探していると、おばあちゃんとおじいちゃんが声を掛けてくれた。私達は二人の隣に座ることにした。ベンチは砂で少しザラザラしていた。そろそろ始まるのかな。学生達が立ち出した。応援団長が応援の指示をしている。テレビで見て想像していた野球場の大きさより小さい。でも、奇妙な威圧感がある。
 選手達が走って出てきた。いつの間にか喋り声が消えていた。選手達が並んだ。辺りは蝉の声だけ。少し眩しい。だけど、大輔君の姿はちゃんと分かる。大輔君は私達のこと見えるかな?
審判の声が響き渡った。そして、選手達の大きな挨拶の声が蝉の声をかき消しながら観客席に押し寄せてきた。それを押し返すように応援が始まった。私達は応援の仕方が分からないので、とりあえず「頑張れ!」と叫んだ。そして、ワンテンポ遅れでみんなの応援に合わせた。大輔君、頑張れ。私はカバンからグローブを取り出して左手にはめた。じわじわと手汗が出てくる。サウナ状態だ。でも絶対に外さない。大輔君と約束したから。


「暗くなってきたし、もう帰ろうか?」
「そうですね。急にキャッチボールに付き合って下さって、ありがとうございました。」
 私達は久しぶりに喋った。
「こちらこそ、ありがとう。応援に行くから……頑張ってね。」
「本当ですか?頑張ります。あの、そのグローブ、みやびさんがお守りに持っていて下さい。」
 私は驚いて、まじまじと大輔君の顔を見てしまった。照れて赤くなっている頬っぺのかわいさとは対照的に真剣な目に、また驚いて私は視線を下に落とした。するとそこには沈みかけの太陽に照らされた二人の影があった。
「ずっと持って応援するね。これで、ホームランボール取るから。」
 私は大輔君の目を見て言った。


 応援に慣れてきた。野球部の後輩達の掛け声に合わせて、吹奏楽部の演奏に合わせて私は応援した。もう、ワンテンポ遅れていない。古い曲だったり新しい曲だったり、有名な曲を替え歌にしてある。途中で選手の名前を叫ぶ所がある。私は、みんなの名前を全力で叫んだ。みんなに声は届いているかな?
 バッターボックスに大輔君が立った。大輔君の最初の打席だ。表情は見えそうで見えない。だけど、緊張している雰囲気が漂っている。私はさっきより全力で叫んだ。
「かっとばせー!だーいすけ」
 大輔と呼び捨ては少し慣れなかったけど、叫びまくった。私もメガホン使いたいと思いながら、メガホンを持って応援している高校生に負けないように叫んだ。勝手にライバル意識した。
「スパンッ。」
 すごく良い音がした。でもストライクではなくて、ボールらしい。素人の私には分からない。良かった。大輔君は深呼吸して素振りをした。そして、また構えた。ピッチャーはキャッチャーからのサインに首を振っている。あっ、うなずいた。ピッチャーは大きく振りかぶった。もし、私が大輔君の位置にいたら逃げ出してしまうだろう。そこに立っているだけですごい。
 ピッチャーの指先からボールが離れた。大輔君がバットを振った。「キンッ」という乾いた金属音とともに、大輔君の放った打球が迫ってくる。隣で座って応援していた、おじいちゃんが立ちあがった。私は、届くはずも取れるはずもないのにグローブをはめた左手をボールの方へ伸ばした。みんなの歓声が大きくなる。レフトスタンドにいる私の方にボールが飛んで来る。しかし、歓声が「あぁー。」とため息に変わった。ボールがポールより奥に行ったからファールだ。また、ため息から応援に変わった。ピッチャーはなかなか次のボールを投げようとしない。その間にも応援の声はさらに大きくなる。今度は、キャッチャーからのサインに一回でうなずいた。そして、肩で大きく息をした。大輔君は、その動きを見て構えた。「スパンッ。」ボールはキャッチャーのミットに吸い込まれた。大輔君は手が出なかった。大輔君は次のバッターに何か話して、肩をポンッと叩いて、ベンチにさがっていった。まだ、大輔君のチームの攻撃なのに私はベンチに座ってしまった。
 試合は一プレーごとに一喜一憂する。スポーツ観戦にこんなに声出して、こんなにはしゃいだのは初めてだ。そして、すごく悔しくてドキドキする。試合は、一対〇。負けている。負けていると言っても、一点差。相手チームを一点に抑え続けているのは、前に大輔君とキャッチボールをしていた子。キャッチャーとサインを送り合っている。大きくうなずいた。投げると思ったら、帽子をとって汗を拭き始めた。仕草がプロっぽい。試合が進むにつれて、雰囲気が変わってきた。彼は構えた。大きく振りかぶった。真っすぐ、、真っすぐ飛んで行く。バッターが思いっきり振る。ボールはバッターの直前でストンと落ちて、キャッチャーミットの中にスパッと入った。相手チームは空振り三振。投げ切った彼は何か叫んでいた。
 そして、四回目。再び大輔君がバッターボックスに立った。多分、最後の打席になるだろう。さっきの大輔君の友達のプレーの興奮が冷めないまま、今日一番の応援が飛び交う。
「かっ飛ばせー!だーいすけ!」
 大輔君も、試合が進むにつれて雰囲気が変わってきた。一回目よりも二回目よりも三回目よりも堂々としていて気迫に満ちている。別人のようだ。私は、絶対に打ってくれると思った。みんなも、その予感を感じているようだ。さらに応援が激しくなる。ずっと座っていた地元のおじさん達も立ち上がる。
「かっ飛ばせー!だーいすけ!」
みんなが大輔君を応援している。みんなの応援と大輔君の気迫でピッチャーが小さく見える。私はグローブを胸の前に抱えた。ピッチャーは、大きく振りかぶってボールを投げた。さっきより、少し遅く感じる。これは、チャンスボールだ。
「だいすけくーん!」
「行け!六番!」
「だいすけー!」
 みんなが大輔君の名前を叫んだ。大輔君の気迫に満ちた雰囲気が自信に満ちた雰囲気に変わった。甘めに入ったボールをしっかりとバットに当てた。「キンッ」という金属音が鳴り響いた。来た。ぐんぐん応援席の方に飛んで来る。みんながボールを目で追う。私も追う。グローブをはめている左手を高く高く上げた。みんなの視線が集まる。ボールがこっちへ飛んで来る。私は目を見開いて手を伸ばした。

「スパッ。」
ずしっとした。じんじんする。野球場が一瞬静かになった。そして、今までの応援よりも大きな歓声や叫び声で野球場がいっぱいになった。私は、大きく左手を振った。じんじんする左手で大輔君に向かって振った。見えてたかな?見えてたよね。私は、大輔君の満面の笑みが見えたし、口の動きも確かに見えてたから。
「ナイスキャッチ。」 

− 完 −

「ナイスキャッチ」@から読む
posted by 塾長 at 11:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 週一連載小説
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プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。