2013年01月30日

「ナイスキャッチ」F

KAORI(高3)

 私はシャワーを浴びて着がえて準備をした。かばんにタオルやポーチや冷凍庫で冷やしたペットボトルを入れた。そして、最後にグローブをそっとかばんに入れた。夏希さんから家を出たという連絡が入ったので、戸締りをした。ドライヤーのコンセントを抜いて、ガスの元栓を閉めてベランダの窓の鍵を閉めて、マンションの下に降りた。エントランスの窓から、ちょうど反対側のマンションの影に夏希さんが見えた。私は小走りで外へ出て手を振った。夏希さんも私を見つけて手を振って、こっちへ走って来た。
「おはよう。」
「おはようございますっ。」
 私達は、いつものランニングロードではなくて大通りを歩いて、野球場へ向かった。高校時代に野球部の応援に行くつもりだったのに自分のバスケの試合とかぶっていて行けなかったという記憶がある。大通りには、野球場へ行くらしき人たちが沢山いた。桜月高校の生徒はもちろん、他の学校の生徒も中学生や小学生も野球場へ向かっている。左側に緑のネットが見えた。自然と早歩きになっていた。受付でチケットを買ってから係りの人にチケットを渡して球場に入った。オレンジ色の観客席、緑のネット、芝生に土。チアや応援団は応援の練習をしている。野球好きの地元のおじさんや保護者、制服の集団で席が埋まっている。その集団に入るのは、少し怖いので外野席へ行った。席を探していると、おばあちゃんとおじいちゃんが声を掛けてくれた。私達は二人の隣に座ることにした。ベンチは砂で少しザラザラしていた。そろそろ始まるのかな。学生達が立ち出した。応援団長が応援の指示をしている。テレビで見て想像していた野球場の大きさより小さい。でも、奇妙な威圧感がある。
 選手達が走って出てきた。いつの間にか喋り声が消えていた。選手達が並んだ。辺りは蝉の声だけ。少し眩しい。だけど、大輔君の姿はちゃんと分かる。大輔君は私達のこと見えるかな?
審判の声が響き渡った。そして、選手達の大きな挨拶の声が蝉の声をかき消しながら観客席に押し寄せてきた。それを押し返すように応援が始まった。私達は応援の仕方が分からないので、とりあえず「頑張れ!」と叫んだ。そして、ワンテンポ遅れでみんなの応援に合わせた。大輔君、頑張れ。私はカバンからグローブを取り出して左手にはめた。じわじわと手汗が出てくる。サウナ状態だ。でも絶対に外さない。大輔君と約束したから。


「暗くなってきたし、もう帰ろうか?」
「そうですね。急にキャッチボールに付き合って下さって、ありがとうございました。」
 私達は久しぶりに喋った。
「こちらこそ、ありがとう。応援に行くから……頑張ってね。」
「本当ですか?頑張ります。あの、そのグローブ、みやびさんがお守りに持っていて下さい。」
 私は驚いて、まじまじと大輔君の顔を見てしまった。照れて赤くなっている頬っぺのかわいさとは対照的に真剣な目に、また驚いて私は視線を下に落とした。するとそこには沈みかけの太陽に照らされた二人の影があった。
「ずっと持って応援するね。これで、ホームランボール取るから。」
 私は大輔君の目を見て言った。


 応援に慣れてきた。野球部の後輩達の掛け声に合わせて、吹奏楽部の演奏に合わせて私は応援した。もう、ワンテンポ遅れていない。古い曲だったり新しい曲だったり、有名な曲を替え歌にしてある。途中で選手の名前を叫ぶ所がある。私は、みんなの名前を全力で叫んだ。みんなに声は届いているかな?
 バッターボックスに大輔君が立った。大輔君の最初の打席だ。表情は見えそうで見えない。だけど、緊張している雰囲気が漂っている。私はさっきより全力で叫んだ。
「かっとばせー!だーいすけ」
 大輔と呼び捨ては少し慣れなかったけど、叫びまくった。私もメガホン使いたいと思いながら、メガホンを持って応援している高校生に負けないように叫んだ。勝手にライバル意識した。
「スパンッ。」
 すごく良い音がした。でもストライクではなくて、ボールらしい。素人の私には分からない。良かった。大輔君は深呼吸して素振りをした。そして、また構えた。ピッチャーはキャッチャーからのサインに首を振っている。あっ、うなずいた。ピッチャーは大きく振りかぶった。もし、私が大輔君の位置にいたら逃げ出してしまうだろう。そこに立っているだけですごい。
 ピッチャーの指先からボールが離れた。大輔君がバットを振った。「キンッ」という乾いた金属音とともに、大輔君の放った打球が迫ってくる。隣で座って応援していた、おじいちゃんが立ちあがった。私は、届くはずも取れるはずもないのにグローブをはめた左手をボールの方へ伸ばした。みんなの歓声が大きくなる。レフトスタンドにいる私の方にボールが飛んで来る。しかし、歓声が「あぁー。」とため息に変わった。ボールがポールより奥に行ったからファールだ。また、ため息から応援に変わった。ピッチャーはなかなか次のボールを投げようとしない。その間にも応援の声はさらに大きくなる。今度は、キャッチャーからのサインに一回でうなずいた。そして、肩で大きく息をした。大輔君は、その動きを見て構えた。「スパンッ。」ボールはキャッチャーのミットに吸い込まれた。大輔君は手が出なかった。大輔君は次のバッターに何か話して、肩をポンッと叩いて、ベンチにさがっていった。まだ、大輔君のチームの攻撃なのに私はベンチに座ってしまった。
 試合は一プレーごとに一喜一憂する。スポーツ観戦にこんなに声出して、こんなにはしゃいだのは初めてだ。そして、すごく悔しくてドキドキする。試合は、一対〇。負けている。負けていると言っても、一点差。相手チームを一点に抑え続けているのは、前に大輔君とキャッチボールをしていた子。キャッチャーとサインを送り合っている。大きくうなずいた。投げると思ったら、帽子をとって汗を拭き始めた。仕草がプロっぽい。試合が進むにつれて、雰囲気が変わってきた。彼は構えた。大きく振りかぶった。真っすぐ、、真っすぐ飛んで行く。バッターが思いっきり振る。ボールはバッターの直前でストンと落ちて、キャッチャーミットの中にスパッと入った。相手チームは空振り三振。投げ切った彼は何か叫んでいた。
 そして、四回目。再び大輔君がバッターボックスに立った。多分、最後の打席になるだろう。さっきの大輔君の友達のプレーの興奮が冷めないまま、今日一番の応援が飛び交う。
「かっ飛ばせー!だーいすけ!」
 大輔君も、試合が進むにつれて雰囲気が変わってきた。一回目よりも二回目よりも三回目よりも堂々としていて気迫に満ちている。別人のようだ。私は、絶対に打ってくれると思った。みんなも、その予感を感じているようだ。さらに応援が激しくなる。ずっと座っていた地元のおじさん達も立ち上がる。
「かっ飛ばせー!だーいすけ!」
みんなが大輔君を応援している。みんなの応援と大輔君の気迫でピッチャーが小さく見える。私はグローブを胸の前に抱えた。ピッチャーは、大きく振りかぶってボールを投げた。さっきより、少し遅く感じる。これは、チャンスボールだ。
「だいすけくーん!」
「行け!六番!」
「だいすけー!」
 みんなが大輔君の名前を叫んだ。大輔君の気迫に満ちた雰囲気が自信に満ちた雰囲気に変わった。甘めに入ったボールをしっかりとバットに当てた。「キンッ」という金属音が鳴り響いた。来た。ぐんぐん応援席の方に飛んで来る。みんながボールを目で追う。私も追う。グローブをはめている左手を高く高く上げた。みんなの視線が集まる。ボールがこっちへ飛んで来る。私は目を見開いて手を伸ばした。

「スパッ。」
ずしっとした。じんじんする。野球場が一瞬静かになった。そして、今までの応援よりも大きな歓声や叫び声で野球場がいっぱいになった。私は、大きく左手を振った。じんじんする左手で大輔君に向かって振った。見えてたかな?見えてたよね。私は、大輔君の満面の笑みが見えたし、口の動きも確かに見えてたから。
「ナイスキャッチ。」 

− 完 −

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2013年01月20日

「ナイスキャッチ」E

KAORI(高3)

 あれから二日。あっという間に、決勝戦の日が来た。午前七時。空は真っ青。風は心地よくて、野球には影響しない程度。十一時まで何をしよう。早く起きすぎたな。私は、コーヒーを入れてラジオをつけた。まだ、アイスコーヒーの美味しい入れ方が分からない。決して、美味しいとは言えないアイスコーヒーを片手にベランダに出た。桜月高校の校庭には誰もいない。お昼の賑やかさを一切感じない。あの、鉄棒の辺りで練習していた大輔君を思い出した。贅沢なことを言うと、投げている姿には見慣れているので、また、バッティングしている姿を見たいな。

 落ち着かないので、私はお散歩することにした。スウェットとサンダル。昨日塗ったばかりのブルーのペディキュアがコンクリートによく映える。いつも走っている道をゆっくりと歩く。もう、夏希さんやおじいちゃん達は起きたかな。三十代くらいのカップルが私を追い越して行く。無駄の無いフォーム。後ろから見ていて、すごく綺麗だった。私は走り終わる頃には、フォームとリズムがくずれていていつも夏希さんに笑われる。また一人、プロが着るようなランニングウェアを着ている男性が私を追い越して行った。この時間も夕方みたいに走っている人が多くて驚いた。十一月に開催されるマラソン大会には、みんな出場するのかな。今年はぜひ参加したい。そして、もっと沢山の人と顔見知りになりたい。
「おはようございます。」
 右側から少し息があがった挨拶が聞こえてきた。朝にぴったりな透きとおった声。鼻筋が通った美しい横顔。白くて長い首筋が綺麗だ。誰だろう。どこかで見たことがあるような気がする。私は誰か分からないまま「おはようございます。」と挨拶をした。声をかけてくれた彼女は微笑みながら軽く会釈をして、スピードを上げて走っていった。誰だ・・・。思い出せない。あの横顔は・・・ん!いつも夕方、ポメラニアンをお散歩させているお姉さんだ。髪が結んであったから分からなかった。それよりも、私に気付いてくれたことがうれしい。たまには、朝も走ってみようかな。
 高架下まであと少し。大輔君が居ないことは分かっているけど、ドキドキする。スウェットじゃなくて、せめてランニングウェアに着がえてくれば良かったとさえ思う。ボールの音が聞こえてきそうで、聞こえてこない。髪の毛を整えてから「こんにちは。」と言ってみた。返事は無い。当たり前だ。なんだか可笑しい。私は辺りを見渡してみた。風の音。風で揺れる草。でも、風が吹いたと思ったら、ぴたっと止まって車の音だけが聞こえる。高い壁。青空とはミスマッチなグレー。上からゆっくりと視線を下ろすと一部分だけ白くなっていた。ボールの跡だ。私は、そこをゆっくりと優しくさわってみた。壁当てしている姿、バッティングしている姿、キャッチボールしている姿。色々な姿の大輔君が頭の中に浮かんでくる。沢山練習してたのは確かだけどそんな簡単な言葉で表せるような練習量ではない。「がんばれ。」としか言えないはかなさ。もっと重みのある言葉で応援したい。何か言葉はないのかな。私の知識が足りないのかな。新しい言葉をつくってしまいたい。でも、思い付かない。私は両手でもう一度さわって、「勝てますように。」とつぶやいた。

「ナイスキャッチ」Fに続く

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2013年01月16日

「ナイスキャッチ」D

KAORI(高3)

 いつものようにスッスッハッハッと呼吸をしながらランニングウェアをシャカシャカとならして、走った。早くあのボールの音を聞きたい。周りの風景がどんどん流れて行く。走っているのに電車に乗っているみたい。汗が目に入っても構わない。早く高架下まで行きたい。もうリズムなんて関係ない。私は走った。気付いたら、あっという間にお豆腐屋さんを通り過ぎていた。

 あと百メートルくらいで大輔君がいる高架下に着く。少しスピードを落とした。息を整えていつものリズムで走った。だんだん、だんだん大きくなる音。久しぶりに聞いた。「パンッ。パンッ。」と聞こえる。大輔君かな?大輔君だよね。初めて高架下に来た時みたいだ。いつものように、あのいつもらしさを出して走った。そして、いつものように挨拶しようと口を開いて声を出そうとした瞬間
「こんにちは。」
 とあの野球部のあの大輔君の声がした。先を越された。私はビックリしたのと少しの嬉しさで口が「こ」のまま固まってしまった。ワンテンポ遅れて
「こんにちは。」
 と言った。
「音で分かりましたよ。お久しぶりです。」
「えっ。ばれちゃった?久しぶり。」
 音で私だって分かったんだ。うれしいな。すると、またも先を越された。
「良かったら、キャッチボールしませんか!?」
 今度は「お」の形で口が固まってしまった。(決勝戦まで進んだこと、おめでとうって言いたかったんだけどな。でも、大輔君とキャッチボールできるなんて…。)
「あっ。嫌だったら大丈夫ですよ。急に変なこと言ってすみません。」
「違うの。うれし…、いやっ、びっくりして。キャッチボール好き。お願いします!」
 私がそう言うと大輔君は桜月高校と書かれたエナメルバッグからグローブを取り出して私に渡してくれた。
「ありがとう。」
 大輔君は小走りして、距離をとってこっちを向いた。
「いきますよー。」
「はーい。」
 私は右手を大きく振った。私は胸の前でグローブを構えた。ボールが飛んできた。私が何をしてなくてもグローブにスパッとボールが入った。すごい。コントロールが良すぎる。力加減もボールの速さも調度いい。そして、グローブにボールが入った時の音がすごく気持ち良かった。オレンジ色の光に包まれた大輔君から一言、言葉が飛んできた。

「ナイスキャッチ。」

 私は、大輔君に思いっきりボールを投げ返した。大輔君のグローブに入りますように。白いボールがオレンジの世界に吸い込まれていく。でも、方向が違う気がする。どうしよう。右に寄りすぎたかも。私は目を閉じた。ボールの音が聞こえない。風の音しか聞こえない。
「パンッ。」
 私は、目をゆっくりと開けた。大輔君がグローブを大きく振っている。そのグローブの中には白いボールが入っている。私も
「ナイスキャッチ」
 と叫んだ。

 楽しくて、嬉しくて、なんか幸せでずっとキャッチボールをし続けた。最初は沢山お話をしていた。マンションのベランダから練習風景が見えたこととか大輔君の担任の先生が私の通っている大学の卒業生だとか、ごく普通のお話をしていた。その時にちゃんと決勝戦のことをおめでとうと言えた。「おめでとう」と言って「ありがとうございます」と言った大輔君の笑顔が忘れられない。
だんだんと口数が減って、最終的には無言でキャッチボールをし続けていた。気まずさとかは何もなくて、ただただボールを投げていた。風で揺れている草の音、ランニング中のお姉さんの足音。そして、グローブにボールが入る音。三つの音がオレンジ色で包まれた世界で鳴り響く。

「ナイスキャッチ」Eに続く

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2012年12月31日

「ナイスキャッチ」C

KAORI(高3)

 大学の試験がこんなに大変だと思ってなかった。今までサボっていた付けが回ってきた。友達にノートを借りたり色々調べたりまとめていたら一週間以上走りに行くことができなかった。さらに、試験が終わってから死んだように何日間も寝てしまって結局二週間くらい走っていない。今までのランニングの習慣が崩れていた。新しいランニングウェアとシューズも袋から出していない。私は重たい体をゆっくり起こして、夏希さんと二時間以上かけて悩んで買ったランニングウェアを出した。名前は良く分からないけど水色のスカートタイプ。セットのシャツを合わせても違うTシャツを合わせてもマッチする。逆にシューズは一目惚れ。お店に入ってから一分も経たないうちにレジへ向かってたくらい。真っ白で真ん中に一本の青い線が入っている。スカートの色に合わせた靴ひもを丁寧に通していく。早く走りたくなってきた。今日の天気は晴れ。少し風がある。でも、この暑さにはぴったりだ。まだ夕方じゃないけど、走りに行こう。ちょうど夏希さんから走りに行こうと連絡があったのでマンションの下に降りて準備運動を始めた。筋肉痛は避けられないけど肉離れとか怪我は絶対に避けたい。屈伸をしたりアキレス腱を伸ばしているだけなのに、じわじわとTシャツが濡れてくる。風が髪を揺らす。(あっ。髪を結ぶの忘れてた。)私は左手首から、これまた新しく買ったゴムをとってポニーテールをした。ずっと、ショートだったから高い位置で髪が風でなびくとなんだか嬉しい。

 反対側のマンションの影に夏希さんが見えた。スラっとした手足がリズミカルに前へ出てくる。少し茶色のショートヘアが風でなびいていて陸上選手のようだ。(かっこいいなぁ。)
「久しぶり!」
 夏希さんの笑顔には、パワーがある。色々なことを頑張ろうと思える。尊敬できるところが沢山ある。本当に素敵な人だ。
 ゆっくりと走りだした。ここ数週間の出来事を会ったらすぐ話そうと思っていたけど、そんなことすっかり忘れてた。二人のリズムがピッタリで、たまに一人で走っている錯覚に陥る。景色を見るわけでもなく走ることに集中しているわけでもない。ただただ二人で走り続けた。だんだん空がオレンジ色になってきた。
私達はやっと口を開いた。
「こんにちは。」
「あら、みやびちゃん。ひさしぶりねぇ。」
 二週間前と何も変わらない。いつも通り二人でベンチに座っている。
「ちょっと忙しくて。」
「夏希ちゃんは、最近、毎日走ってるのね。」
「みやびに影響されちゃって。」
「走ることは、いいことだ。続けなさい。」
「なんか、おじいちゃんに言われると、絶対続けなきゃいけないって思う!続けます!」
「私も、もうサボりません!」
 久しぶりに人と沢山お話して楽しかった。二週間何やってたんだろう。もったいなかったな。
「あっ、そうだ。みやび決勝戦応援しに行かないの?」
「決勝戦って?」
「もー。ずっと寝てるからこうなっちゃうんだよー。」
「えー?なにー?」
 私は夏希さんの顔を見た。そして、おばあちゃんとおじいちゃんのにこやかな顔を見て、また夏希さんの顔を見た。
「もー。みやび、やだー。大輔君だよ!」
「えっ!?」
(大輔君。大輔君、野球。野球…。)
「野球!」
 私は、自分でもびっくりするくらい大きい声を出してしまった。三人は笑い出した。
「次の試合で勝てれば、桜月高校、甲子園に出られるんだよ!」
 思わず夏希さんに抱きついてしまった。全く知らなかった。
「すごーい。」
「試合は明後日だよ。私もおじいちゃんと応援に行くから、みやびちゃんも夏希ちゃんと応援に行ったらいいよ。」
「絶対行く!夏希さん、行きません?」
「言われなくても行くつもりだったよ。」
「やった!」
 私はもう甲子園出場が決まったかのように喜んだ。大輔君に会いたい。この時間なら会えるかな。
「みやび、大輔君のこと考えてるでしょ?」
「えっ。バレちゃいましたか?」
 流すように笑ってみた。夏希さんには全てお見通しらしい。
「行って来なよ。」
 夏希さんの笑顔のパワーだ。


「ナイスキャッチ」Dに続く


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2012年12月23日

「ナイスキャッチ」B

KAORI(高3)

 十二時三十分、起床。やらかした。授業はもう終わっている。調子に乗って海外ドラマ見すぎちゃった。夕方の授業だけ出ることにしよう。私はカーテンを開けて伸びをした。奥にある洗面所の入口まで太陽の光が入ってくる。私は、歯磨きをしながら、ベランダのドアを思いっきり開けて、ベランダに出た。すると、チャイム音とほぼ同時に野球部やサッカー部が校庭に飛び出してきた。空っぽだった校庭が一気に活気付いた。ボールが飛び交っていて、人があちこち走り回っている。(五分もたたないうちに汗だくになるんだろうな。)今日は、昨日の雨が信じられないくらいの晴天。水溜りは一つも残ってなくて、校庭も完全に乾いているように見える。高校生の汗が太陽の光でキラキラしている。部屋に戻ろうとしたら聞き覚えのある声が聞こえてきた。大輔君だ。私は右足をベランダに戻して野球部がいる所を見た。鉄棒の近くでバッティングをしている大輔君がいた。土手ではピッチング姿しか見たことが無かったから、つい見入ってしまった。詳しいことは知らないけど、プロ野球選手みたいな体格とフォーム。高校生に見えない。J-WAVEから1時を知らせる曲が流れた。私はあせって部屋に戻り、メイクや学校へ行く準備をしてブランチをしにカフェへ出かけた。

 今まで三日に一回くらいしか走ってなかったけど、あれから毎日走っている。(もし、今日大輔君に会ったら、一昨日の昼休みの話をしようかな。)そう、何回か会っているうちに立ち話をするくらい仲良くなったのだ。前を走っているお兄さんがパーカーを脱いでタンクトップになった。土手で走り回っている小学生は半袖半ズボン、お散歩中のおじいちゃんはサンダルを履いている。私は新しいランニングウェアとシューズが欲しくなった。週末には買いに行こうかな。水色や青で爽やかな夏っぽいウェアにするかオレンジや黄色の明るい夏っぽいウェアにするか迷う。夏希さんについてきてもらおうかな。
 いつもの高架下まで来た。こっち側の景色にも慣れた。いつも走り回っている小学生の顔もお豆腐屋さんのお兄さんの顔も覚えた。今日は壁当ての音がしない。でも、ボールの音と話し声がする。私はいつも通り走りながら声をかけた。すると、大輔君もいつも通り挨拶してくれた。でも、もう一人の男の子はキョトンとしていた。邪魔しちゃ悪いと思って私は一言「がんばってね。」と言って止まらずに走った。もう一人の男の子は大輔君と同じジャージを着ていた。坊主だし野球部かな?今度ベランダから探してみよう。お話ししたかったな。でも、今年こそは甲子園に行きたいと話していたから、絶対邪魔しちゃいけない。高校生のうちに何か一つのことをやり遂げようとしていて凄いと思う。私は何もやり遂げられなかったから全力で応援したい。私はいつもより長く遠くまで走った。

「ナイスキャッチ」Cに続く


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posted by 塾長 at 23:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 週一連載小説

2012年12月16日

「ナイスキャッチ」A

KAORI(高3)

今日はいつもより暑い。川が太陽の光でキラキラしている。少し強い風が涼しくて気持ち良い。
「あっ。おばあちゃん、頭に葉っぱついてる!あれ?今日は、おじいちゃんいないの?」
私は、おばあちゃんの頭についている葉っぱを取りながら聞いた。
「もうすぐ、来るよ。」
「じゃあ、一緒に待つね!」
「ありがとう。」
「おじいちゃんと、いつもどんな話をしているの?」
「んー。なんだろうねぇー。秘密さっ。」
「えっ、気になるー。」
風が少し強く吹いた。葉っぱが一枚、二枚、三枚と散っていく。
「おーい。」
おじいちゃんがゆっくりと歩いてきた。右手を大きく振っている。私は大きく手を振り返した。おばあちゃんはニッコリと笑っている。おじいちゃんの頭にも、この桜の木から飛んでいった葉っぱがついている。
私は、おじいちゃんにあいさつしてから、ランニングを再開した。ランニングウェアが擦れる一定の音とスッスッハッハッという呼吸の音がリズミカルに調和している。この前、寝っ転がっていた芝生を横目に私はもう少し奥まで走ってみることにした。見慣れない景色を走っていると「パンッ。パンッ。」と音が聞こえてきた。(壁当てかな?)私は少し期待しながら音がする方へ向かった。この壁の反対側で誰かが壁当てをしている。高架下にボールの音が響き渡る。この前の彼だといいなと思いながら私は、深呼吸して「ランニングの途中で、たまたまです。」という雰囲気を出しながら反対側へ走った。スッスッハッハッ。
「あっ。こんにちは。」
期待通りこの前の彼だった。私はいつも走っている時に顔見知りの人達に言うように、さりげなく挨拶をしてみた。すると彼は、投げたボールをキャッチしないでこっちに体を向けて「こんにちは。」と野球部のあの挨拶をしてくれた。頭を上げた彼と目があった。
「あっ。この前はボールを取って下さって、ありがとうございました。」
「どういたしまして。」
私はそう言いながら少し笑ってしまった。丁寧過ぎてなんだか面白い。端っこに置いてあるエナメルバッグを見てみると桜月高校という名前が書いてあった。私が高校名を見ているのに気がついた彼は自己紹介してくれた。
「桜月高校、三年野球部、坂本大輔です。」
「桜月高校の隣のマンションに住んでいて桜月女子美大の木本みやびです。」
私はすかさず挨拶をした。(名前まで野球少年って感じで素敵だなー。)

「ナイスキャッチ」Bに続く

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posted by 塾長 at 09:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 週一連載小説

2012年12月09日

「ナイスキャッチ」@

KAORI(高3)

 風でコンタクトが取れそうになる。瞬きを何回かして、また走り出す。汗でTシャツが背中に貼りつく。(パーカー、脱いで来れば良かったかな。)今日はいつもより自然と足が前へ出てくる。(新しく買ったランニングシューズのおかげかな。)優しい桜色のシューズはコンクリートを優しく蹴る。いつか地元のマラソン大会とかホノルルマラソンに参加出来たらいいなとか初心者ながらに思っている。まだ、ランニングを始めて一カ月しか経っていないけど。それに、始めたきっかけはダイエット。大学生になってからサークルの付き合いで毎日のように居酒屋に行ってたら太ってしまった。高校時代の部活はバスケ部。体力だけはあるから走ることも苦じゃない。むしろ楽しい。

 一カ月も走っていると顔見知りができて走るのがさらに楽しくなる。いつも同じベンチに座っているお年寄りカップルはいつも「頑張れ!」って笑顔で声をかけてくれる。今日も土手の途中にある一本の桜の木の下のベンチから声が聞こえてきた。私は、手を振って「ありがとう!」と言った。四キロくらい走ると同じマンションの夏希さんがコーギーのチャーリーを散歩させていた。川に入ろうとするチャーリーをあわてて夏希さんが止めている。私は、ランニングロードから外れて伸びっぱなしの草の斜面を走り下りて夏希さんとチャーリーの所に行った。
「おぉ!みやび!毎日走ってて偉いねー。」
「こんにちは!いやー、最近走るのが楽しくて楽しくて。チャーリー!」
 私はチャーリーに抱きついて芝生に転がった。チャーリーとイチャイチャしているうちに夏希さんが飲み物を買ってきてくれた。
「はい!」
「わぁー!ありがとうございます!」
 私はアクエリアスを一気に半分飲んでまた芝生に転がった。服がめくれて素肌がのぞく背中に草があたって、くすぐったい。
「ふふっ。」
 私は思わず笑ってしまった。
「何笑ってんの?ふふっ。」
「くすぐったいんです。ふふっ。」
「変なの。ふふっ。」
「ふふっ。夕日、きれいですね。」
「そうね。ふふっ。」
 私は目を閉じた。世界がオレンジ色になった。汗が額から草へ落ちていく。ゆっくりと。チャーリーが走り回っている音がする。誰かがランニングしている。トントントンとすごくテンポがいい。香水の香りが一瞬した。夏希さんが隣に寝っ転がったようだ。夏希さんからは、いつもいい香りがする。
「トンッ。」
 腰に何かが当たった。私は、ゆっくりと目を開けた。ボールだ。誰かが走ってくる。誰だろう。
「すみません。」
 私は、ボールを拾って走ってきた人に投げた。スパッとグローブの中に入った。(我ながら、コントロールがいいなっ。)走ってきた彼は、少し驚いた表情をしてからお辞儀をした。
「ありがとうございます。」
(わぁ。野球部の挨拶だー。)私は自然と笑顔で手を振っていた。彼は、今度は小さくお辞儀をして走っていった。
「夏希さん!野球部っていいですね。ふふっ。」
「そうね。ふふっ。」

「ナイスキャッチ」Aへ進む
posted by 塾長 at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 週一連載小説
プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。