2020年09月25日

夏の終わりと秋の始まり

YOSHIHITO(中2)

 ぼくはあまり夏が好きではない。暑さは厳しいし、部活の帰りは地獄だからだ。だから夏の終わりを感じさせてくれるものや秋の始まりを感じさせてくれる物にはなんだかいい印象がある。
 今、学校から帰ってきたところだ。ちょうどおなかがすいている、すると梨が出てきた。梨が出てくると嬉しい。梨は自分のなかではおいしくて食べやすいからちょうどよかったというのもあるが、旬の時期に出てくるのが嬉しいのだ。なぜなら梨は秋が旬なため秋の始まりを予感させてくれる、つまり夏が終わることを表しているからだ。食べれば夏の暑さを少しでも忘れられる気がする。それにあのみずみずしさは、部活後の疲れをなくしてくれるほどの物だと思う。だから僕は梨単体でも好きだし、秋の始まりを感じさせてくれるという意味の梨も好きだ。




『秋を見つけた』というテーマで書いてもらった作文です。
多くの人が好む旬の果物である梨を題材にしたことで、分かりやすく共感しやすく、秋の訪れを伝えることができました。みずみずしさや、旬のイメージなど、梨の魅力が語られるほどに、それがそのまま秋の心地よさのように感じられ、授業でも多くの生徒が題材選びの巧さに感心していました。
筆者のYOSHIHITO君は、多くの人が「なるほど」と思う題材を見つけてくるのがとても上手になりました。文章力というのはただ美しい文章を書けば良いというわけではなく、こんなところでも差が出るのだなぁと思わされました。

塾長




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2020年09月24日

秋の予兆

RINKA(小6)

 友達と別れた、一人の帰り道。足下を見てとぼとぼ歩く。
 つい昨日まで、猛暑みたいな日が続いていたのに、今日は冷たい風が足を通り抜ける。今まで身体を包んでいた温かいものが、風で流されていくようで背筋がゾクリとした。
 受験まであと、四ヶ月。急にそのリアルな数字が身近に感じた。
 視界の端に赤く染まった楓がひらりと落ちる。水色のワンピースもひらりと舞う。
 私はがむしゃらに坂を駆け下りていた。首筋がひやりとする。そこで自分が汗をかいていることに気付いた。
 ランドセルが重くて、すぐに息が切れる。
「はぁはぁ。」
 脳が酸素を求めて、息が荒くなった。息をするごとに冷たい空気がのどを通り抜ける。空を見上げると橙色に色づき始めていた。
 太陽が沈む時間が少しずつ、少しずつ早まっている気がする。世の中は確実に時を刻んでいる。私だけを残して、冬へ向かおうとしている。空を見上げたまま
「勉強しよう。」
 ぽろりと私はつぶやいた。
 未知なる世界が私を待っている。迎えに行こう暗闇に飲み込まれる前に。
 足を軽快にならしながら家路を急いだ。




『秋を見つけた』というテーマで書いてもらった作文です。
書き出しは、「足下を見てとぼとぼ」「冷たい風が足を通り抜ける」「身体を包んでいた温かいものが、風で流されていくようで背筋がゾクリ」など、どこか孤独で不安げな表現が続きます。そして、それらはその後の受験という言葉に見事で集約されます。不安とか寂しいとか、直接的に気持ちを表す言葉がないまま、上手に筆者の心情を表していています。一方でネガティブなまま終わらないのもこの作文の魅力です。重い空気の中にありながら、「赤く染まった楓がひらりと落ちる。水色のワンピースもひらりと舞う。」の部分は、ひらりという軽やかな言葉の連続でリズム感や動きを感じさせ、赤と水色という色も加わり、軽やかで明るい映像が浮かびます。さらに、後半では上を見て、勉強しようと呟き、最後には軽快な足取りを取り戻します。「未知なる世界が私を待っている。迎えに行こう暗闇に飲み込まれる前に。」と決意表明も力強く、筆者の気持ちの強さが感じられました。受験を数ヶ月後に控えた小学六年生の揺れる気持ちが表現された見事な作文でした。

塾長





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2020年08月28日

空っぽ

CHIAKI(中2)

 今年の夏休みはどこにも行けない。だから、私は暇なときはいつもドラマを見ていた。ドラマはとても面白かったが、私は自分が楽しんでいるのかどうか、自分の気持ちがよくわからなかった。最近、自分がどう感じているのか、どう思っているのか本当に分からない。ドラマを見ていて笑うことだってある。でも、顔では笑っていても、本当に心の底から笑っているとは思えない。
 足を火傷して、水ぶくれができても、痛く感じなかった。部屋の掃除をしている時、大きなアルバムを足に落としてしまって赤く腫れたが、別に痛くなかった。痛みもあまり感じないし、気持ちもよくわからない。自分がどうしてこうなっているのかもわからない。とにかくいろいろなことがわからなくなってきている。
 今の私の心は空っぽ。中身が空っぽのプレゼントをもらった感じ。目の前は一面灰色で、うれしくも悲しくもない、空っぽな気分だ。




今年の夏休みの出来事を書くと言う課題に対する作文です。

動かなくなった自分の心の内側を覗き込み、触れてみて、空っぽの器のような状態を確かめながら、ポツリポツリとつぶやくように書かれた言葉からは、喪失感のようなものを感じました。具体的に何かを失ったわけではないにしても、本来なら心踊る時間があったはずのこの夏休み期間に、チアキさんをはじめ多くの子供たちは、有形無形の得られるはずだった何かを失い続けているのだと思い知らされました。決して楽しいものではありませんが、僕の心に突き刺さる作文でした。大人である自分に何ができるのだろうかと考えずにはいられませんでした。

塾長







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2020年08月26日

笑い声

SACHI(小6)

 「ピーンポーン。」
 インターホンが鳴る。
「はいはいはーい。」
 私はいすから飛び降りた。
「はいはいはいはい今行くよー。」
 インターホンの向こうのココちゃんにしゃべりかける。プールカバンをつかみ、
「ドドドド。」
 と階段をかけ下りた。ヘルメットをつけ、くつをはき、自転車のかぎを持ったところで、私は叫ぶ。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
 ママの声が返ってきた。ドアを開けると、むしむしした空気が私にまとわりつき、やりのような日差しを太陽が投げつける。自転車にまたがり、私たちは風になって坂を下った。

 プールに足をつける。
「冷たっ!」
「冷たい!」
 私とココちゃんは同時に声をあげた。
「全然温水じゃないじゃん。」
 そう思ったら、それが言葉になって私の口からすべり落ちる。
「そうだね。」
 とココちゃんは言って、プールの中に入った。
「冷たいっ!」
 と悲鳴をあげたあと、タンポポみたいな笑顔で
「これ入っちゃった方がいいよ!」
 と言うので、入る。やっぱり冷たい。ビート板の上に立って、口を開いた瞬間、私はプールの中に突き落とされた。プールから顔を出すとひまわりのような笑顔が見える。私も笑い出した。プールの開いた窓から、私たちの笑い声が風に乗って流れ出す。水しぶきが上がるプールの中で、私たちはいつまでも笑っていた。




「はいはいはーい。」「はいはいはいはい今行くよー。」と続くインターホンに対する返事だけで主人公の元気な様子が目に浮かびます。そして筆者は、主人公が椅子から飛び降り、階段を駆け下り、「行ってきます!」と一声叫んで飛び出していくまでの流れを書き終わる頃には、その元気さも含め、主人公がどんなキャラクターなのか読者に伝えてしまいました。さらには比喩「やりのような日差し」でこの夏の猛暑を表し、「私たちは風になって坂を下った。」ではスピード感まで表現しています。短い文章の中で次々と繰り出される印象的なフレーズが文章に勢いを与えていて、それがそのまま主人公の溌剌とした活力まで伝えてくれているように感じられます。コロナの閉塞感も御構い無しの小学六年生の夏だなぁと、思わず嬉しくなる書き出しでした。

後半は友達ココちゃんとのプールでのやり取り。冷たい水に入る時には「タンポポ」のようだったココちゃんの笑顔が、主人公がプールに落ちたところで「ひまわり」へと変わっていくのが面白く、筆者であるサチさん独自の感性を活かした比喩が読んでいて楽しいです。「プールの開いた窓から、私たちの笑い声が風に乗って流れ出す。」では幸福感が感じられると同時に、プールから外の世界への空間の広がりまで感じられました。
原稿用紙2枚弱の中にも、小学六年生の夏休み感がたっぷり詰まっていて、家に篭りがちの僕も、読んでいるうちに夏のワクワクした気持ちを思い出すことができました。

塾長





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2020年07月10日

悲しい瞬間

YOSHIHITO(中2)

 今ちょうど面白い本を読んでいるところだ。でももうすぐで終わってしまう。
 読み終わってしまうのは悲しい。本当は読み終わりたくないけど面白いからつい読んでしまう。

 あと3ページ。読み終わりたくないなー。あー終わっちゃった。

 毎回何か面白い本とか漫画を読み終わるたびに悲しいなんともいえない気分になってしまう。今回もそれは同じで、これからも本を読み続ける限りこれは変わらないのだと思った。



今回の作文は何かを終わらすことの切なさをテーマに書いてもらいました。
授業時に僕が例に出したのは夢を諦める瞬間など、どちらかと言えば人生の中での大きな出来事が多かったのですが、YOSHIHITO君が目をつけたのはとても身近なものでした。それは日常の中で何度でも繰り返される本を読み終わる瞬間です。まずその題材選びのセンスの良さに感心しました。
内容も、短い文章の中に共感できる気持ちや感覚が詰まっていて、多くの事柄の中から書くべきものを上手に選べていると思います。それこそ読み終わるのが惜しいくらいに魅力を感じました。他の生徒の反応も「分かる!」という感想が主で、多くの人が共通に持つ感覚を見つけて上手に文章にできたのだと思います。
短いけど、うんうん、そうだよねぇと唸らされました。

塾長




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2020年06月24日

リレー作文「止まない雨」

起:SUMIRE(中1)
 僕の名前は高橋北斗。
つい先週、クラス替えがあって、仲の良い友達ともクラスが離れてしまい、何となくテンションが下がっていた。
そんな時、僕のテンションをあげようとしてくれたのか、虹が出た。

承:HARUTO H.(中1)
 「虹?」
 雨も降っていないのに虹が出る現象に僕は首を傾げた。そのことを話したくて見回すと、周りに同じクラスの人がいるがまだ友達でないため話しかけづらい。もし、それで変なやつだと思われたら今後友達になるのも気まずくなるだろし。
放課後、家路を急いでいると泣き声が聞こえてきた。聞こえてくる方を見てみると少女がいた。
「どうしたの。」
と、聞くと
「帽子が木にひっかかって取れないの。」
なるほど。木にひっかかっている帽子を取ってあげると
「ありがとう。」
そう言って帰っていったと思ったらまたもどってきてこう言った。
「あなたの心、泣いてるよ。」
そう言って今度はちゃんと帰っていった。
 泣いてる?何かにひっかかりながら僕は家に帰った。

転:KOKORO(中2)
 家に帰って少女が言ってたことを思い出した。 
「心が泣いてる。」 
その通りかもしれない。 
「あの日も、こんな不思議な虹がかっかてたな。」 
そう思い記憶を手繰り寄せた。 
「ほくとぉ!はやくぅ!」 
帽子を被った少女が手を振る。 
「ゆみ!待ってよぉ」
 僕は、走る。眩しい笑顔が、僕は、大好きだった。
 「、、、、あの日に、壊れたんだ。」
 怖くなって、考えるのをやめた。

結:KOTARO(大1)
放課後、真っ暗な曇り空で雷も鳴っていた。分厚い雲が町を飲み込んでいた。土砂降りの雨が校庭の土を無残にえぐっている。ボコボコになっていく校庭を、僕は教室の窓から彼女と眺めていた。
教室には、僕と由美の二人しかいない。激しい音を立てる雨が二人の会話を途切れさせていた。
いつも通り、僕たち二人の会話を始めるのは毎回由美からだった。
「世界の終わりに、二人でいるみたい」
「なんだよそれ」
「だって、もし世界に終わりが来るなら、きっとその時もこんな雨の日だよ」
由美は、立ち上がって教室の後ろの棚へと向かって行った。ランドセルを棚から出して、背負いながら笑って言った。
「帰ろう!」
「雨なのに?」
「雨だからだよ。私、好きだよ雨」
こうなったら、由美が話を聞かないということはよく分かっていた。言われるがまま、ランドセルを持って、由美の後に続いて行く。
今日は、雨だから学校に残っている子はほとんどいなかった。誰とも廊下をすれ違うこともなく僕たちは下駄箱まで降りて行った。
用務員のおじさんが下駄箱の前で、傘立ての修理をしていた。由美はなんてことないように話しかける。用務員さんは知ってる人だけど僕にはそんなことできない。
「おじさん。さようなら」
笑顔で由美がそういうとおじさんは少し心配したように言った。
「今帰るのかい?」
「うん。私雨好きだから」
「風は強くないけど、雨は沢山降っているから転ばないようにね」
「うん。じゃあ、さようなら!」
「はい。さようなら」
僕は何も言えないまま、由美に手を引かれて外に出た。僕たちは、二人で靄のかかった外を小さな傘を重ねて並びながら歩きだした。
外には、人がほとんど歩いておらず、けたたましい雨の音だけが僕らの間を埋めていた。由美はずっと雨の音を聞きながら、僕はそんな由美を見つめながら黙って帰り道を歩いていく。
なぜ、そうなるのか僕には不思議で、その時ももちろんだけど今思い出しても分からない。
「私、雨が好きなんだ。少し変わってるのかな」
由美がそう言って話を始めると、映画の世界の中みたいに雨は少しずつ止んでくる。もしかすると、不思議な力を持っていたのかもしれない。そんなわけないけど。
歩いて十分の帰り道、雨だからかは分からないけれど、いつもより長く時間がかかっていた。由美の話を聞いていて気づかなかったが、いつの間にか、雲は僕たちの町から少しずつ離れていっていた。
「いつの間にか晴れてたね」
そう言って傘を閉じるとそこにはいつもと違った町があった。
山間の小さな町、遠くに見える山は、オレンジがかっていて、空は紫と青のグラデーションが広がる。道の左側はオレンジ色で、橋の手前の駄菓子屋さんのアイスの箱がキラキラと反射している。僕たちは、優しいオレンジの世界を歩いていく。
「ねえねえ、すっごくきれい!」
由美の指さす先には、赤と青のやけに主調が激しい虹が川の間に掛かっていた。
握っていた手を離して、欄干に向かって走る由美。虹に向かって欄干から手を伸ばしたとき、僕の後ろから強烈な風が吹いた。
そこから先は、今の僕にはうまく思い出せない。
ただ、由美が橋から投げ出される直前。
由美が、赤いランドセルを背負ったまま、虹に向かって手を伸ばしている。
その体はまるで天使の様にふわりと体が宙に浮いている。
増水で汚れて暗い川と両側の白い壁に蔦が絡んだ家。
そして、川の上に架かる虹の橋。
そのすべてを、カラー写真の様に、虹を見ると思い出す。
きっと、雨上がりが怖いから、僕の心は小さな子に言われたように、
今でもずっと泣き止むことが出来ないのかもしれない。




UEDA塾のリレー作文では、予め決めてあるテーマに沿って、まず物語の始まり部分(起承転結の起)を全員で書き、一旦それを集めシャッフルし、他の人に配ります。つまり、起承転結の4つのパートを別の人が書き、バトンのように文章をつないで行き、一つの物語を作ります。

さて、オンライン授業を始めてから、なかなか実現できなかったリレー作文でしたが、今回は所属するクラス内だけでなく、全ての上級生クラスと創作クラスのメンバーの作品をシャッフルして行いました。これまで以上に自分とはタイプの違う人の文章を受けて、それに続けて書くこととなり、結果としてとても良い作品がいくつも生まれました。

今日紹介したのは中でもとても印象的だった一編です。
今回のテーマは「虹と帽子」。それぞれのパートの人がどこでどのように虹と帽子を物語に織り込むのか互いに探り合い、刺激し合いながら物語を進めていきました。

起で書かれた少し元気のなさそうな主人公に、承では初めて会った少女が意味ありげに「あなたの心、泣いているよ」と声を掛けます。転では主人公にどのようなつらい過去があったのか、その方向性が示されます。そして結ではそれまでの伏線が回収され、一気に核心へと迫っていきます。結まで読んだ時に、そこまでの3つのパートがどれも重要であったことがよく分かりました。
それぞれの担当が良いバトンをつないでくれたと思います。

今回の作品を読んだ印象は、悲しいのに美しい!
悲しい物語なのに、エンディングに向かうにしたがって、物語からイメージされる映像はどんどんカラフルになって行き、最後は1枚のカラー写真となって脳裏に焼き付けられました。

塾長



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2020年02月20日

まん丸

HARUTO. H(小6)

 月。月と言ってもたくさんの種類がある。三日月や上弦の月、下弦の月に新月、満月。今日は、まん丸の綺麗な満月だった。
 うさぎの形をしたクレーターがくっきりと見えた。今にも、動き出していきそうだ。ぼくは、ねじで動く機械をふと思い出した。もし、月のうさぎにねじをつけてみれば動くだろうか。そんなことを思っていながらせんべい食べていた。すると、あることに気がついた。せんべいの最初の丸い形が今の満月だ。次に一口食べる。三日月か下弦の月、上弦の月になると思う。そして、新月。月にそっくりだな。
 日常には、月の形と関連したものがたくさんある。見つけてみるのも楽しいかもしれない。




作文の題材探しの散歩をした一月のある寒い日の夕方、東の空には上り始めた満月が浮かんでいました。その時の月を題材にハルト君は実に伸び伸びと自由に書いてくれました。
冬の澄んだ空気に浮かぶ月はとてもはっきりと見えていました。「クレーターがくっきりと見えた。」と書いてくれたことでそれがよく伝わると思います。たまたま散歩のお供に持っていた煎餅を月と合わせて描写に使った発想も見事でした。あらかじめ予定していたものではなく、散歩中に見つけて、気づいたものを題材にし、その時にしか経験できないことを書いてくれたことが何より素晴らしい!短いながらも、オリジナリティの感じられる作文でした。

塾長




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2019年12月15日

不安やはずかしさは大事

SUMIRE(小6)

 「趣味っていうか好きな映画とかってある?」
 私がそう聞く。イオちゃんは、
「すみっこぐらし。」
 と言って私の質問に答えてくれた。私が下に目をやると、小さな石が一つ転がっていた。私はそれを見て、三年前の自分を思い出した。

 当時八才だった私は、作文教室に体験で来ていて、不安とはずかしさで目を下にやっていた。そんな私に、話しかけてくれたのは、レイちゃん。学校ではよくしゃべる子なのに、体験の時はいつもこうなってしまう。今では、作文のレッスンにも慣れ作文の友達ともよくしゃべる。

 最後に、私からイオちゃんに言っておきたいことがある。今、不安だったり、はずかしかったりしても、少しすると、不安やはずかしさは取れるから焦らない方が良いよ。




 当塾では、体験授業に初めて参加するお子さんがいる日には、いつも題材探しの散歩に出かけます。その際には先輩達が体験さんに声をかけ、質問するルールになっています。この作文はそんな散歩中の一コマです。
 書き手のスミレさんが、体験で参加中のイオさんに声をかけた後、自分の足元に目をやり、その目線の動きから過去の記憶へと思いをはせる流れはとても滑らかで、上手になったなぁと感じました。そしてそれと同じくらい、この作文から伝わってくる優しさに嬉しくなりました。時々、人に対する優しさの大切さを子ども達にどうすれば伝えられるのかと悩んだりするのですが、今回の作文を読んでそれは杞憂だったと知りました。僕などが教えるまでもなく、子どもたちはその優しさをバトンのように繋いでいってくれるのかもしれません。もちろん全ての子ども達がそうだというわけではないかもしれませんが。
 誰かが大変そうな時に、自分のことのように感じられる想像力がスミレさんの中で育っていること、そしてその想像力の側に優しさがあることが何よりも嬉しく、この仕事をやっていて良かったなぁと思わせてくれる作文でした。

塾長




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2019年10月31日

昨日のこと

SOTA(小5)

 ぼくのおじいちゃんは三回手術をしている。そのため普通の大人よりは歩くのがおそい。だからリハビリのために犬を飼っている。
 夏休みのある夕方、おじいちゃんと犬と一緒に散歩に行った。

 ガラガラガラ、ドアが開く。犬は、ベロを出しながら外へ出る。おじいちゃんは、回りを見る。犬はおじいちゃんの歩く速さに合わせる。ぼくだけは、公園にすぐ行きたいので早歩きで行く。
「はやくー。」
 と行って先に行く。
 公園につくと、もちろんおじいちゃんと犬がいない。
「足おそいなー。」
 と言って一人で公園で遊び始めた。ブランコに乗り、ゆらゆらとゆれながら空の入道雲を見たり、すべり台では階段を上りすべることを繰り返し、走り回ったりした。
 時計を見ると八分後、おじいちゃんと犬がやっと来た。
「ジュース買って。」
 とぼくは言う。おじいちゃんはつかれた顔で
「いいよ。何がいい。」
 と聞き、ジュースを買ってくれた。ぼくはジュースを
「ゴクゴク。」
 と飲む。その横でおじいちゃんは、つかれた顔をして、ベンチに座り、ため息をつく。犬はベロを出しながらぐたっと座っていた。
 その後、ジュースを飲み終わり、すぐぼくたちは、さっきと同じ速さで家へ戻り始めた。
 ガラガラガラとドアを開ける。またおじいちゃんと犬はいなかった。
「ただいま。」
 ぼくが言うと、おばあちゃんが
「おじいちゃんは。」
 と聞いてきた。
「足がおそいから後ろにいるよ。」
 とぼくは言う。そして二階に上がり、ふとんで横になった。その時、何かいやなことを言ったかなと引っかかった。
 ガラガラガラと音がした。窓から見下ろすと、おじいちゃんと犬だった。
 その時「はっと」目が覚めて気がついた。なぜあんなことを言ったのかと。おじいちゃんは何回も手術をした。だからあんなにも足がおそいのもあたりまえだ。
「明日のさんぽであやまろう。」
 とぼくは決心した。

 次の日、さんぽに行った。
「きのうはごめんなさい。」
 とあやまった。すると、
「いいさ、むしろ自分からあやまってくれるなんて、大人になったな。」
 と言ってくれた。いつの間にかぼくもおじいちゃんの足の速さに慣れ、同じ速さで歩いていた。
 そしていつもの公園でジュースを買って、ジュースを飲みながら帰った。
 ぼくたちは、きのうのことなど忘れたかのように、笑顔で話しながら帰って行った。




今年の夏の出来事を書くという課題に対して書かれた作文です。日常の中の風景を描いた短い作文ながらも、前半から後半にかけて、主人公の精神的な成長が感じられる素敵な一編でした。まだ小五のSOTA君が、自分の弱さを認め、それをしっかり書いているところに、まず感心します。前半に自分のことしか考えられない主人公を正直に描いたからこそ、最後の場面での成長が強く感じられました。孫の成長を喜ぶおじいちゃんのセリフもとても活きていますね。またそれ以外にも、季節感を感じさせる入道雲や犬の描写など、随所に工夫が見られて、文章を書く上でも順調な成長が感じられる作文となりました。今後も楽しみです。

塾長




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2019年09月13日

この町の天気

YUJIRO(小5)

 ドアを開けたら
「うわぁ。」
 猛烈な湿度がぼくをおそった。しかも空はすごく黒く、まるで怪物が空をおそったようだった。ぼくは今日もしかしたら悪いことが起きるような気がした。

 そんな天気の中、ぼくは歩き出した。少し歩くとお店の中から冷たい風が来た。そのお店を見ると、ドアがなく、そのせいで冷たい風が来ることが分かった。そのお店を通りすぎるとまた猛烈な湿気を感じた。でもさっき部屋を出た時よりもあまり湿気を感じなかった。それはきっと外を歩いていて、その外の湿気に慣れてしまったからだろう。

 その後もお店の前を通ると冷たい風が来て、涼しいなと思ったがお店を通りすぎるとまた湿気を感じたりした。今日ぼくはこの町の夏らしさを探していたが、冷たい風が来たり湿気が来たりして、不快だと思った。でもその不快さこそこの町の夏らしさだと思った。
 部屋にもどる途中、空を見上げると、まだすごく黒く、今にも夕立が来そうな予感がした。だからぼくは急ぎ足で帰ることにした。




まだ厳しい暑さが残っていた八月下旬、僕たちは季節感について考えながら散歩をしました。当初、蝉の声や入道雲など、自然界に見られる一般的な夏の特徴をYUJIRO君は書くものと思っていたのですが、ぼくの予想は大きく外れることとなりました。
歩いている中でYUJIRO君が一番に感じ取ったのは、肌にまとわりつくような湿気でした。そして作文全体を通してその湿気を含んだ生暖かい空気とエアコンディショナーによる冷気が交互にやってくる様子を、この町の夏の空気として書いてくれました。当初の予想とは大きく異なる、自然とは真逆の人工的な空気感こそ、実は猛暑の東京そのもので、予定調和に終わらずに実際に感じ取ったものを言葉にしてくれたのは見事でした。この作文には今年の暑くて長い東京の夏がちゃんとあると思います。

塾長





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2019年08月09日

旅の始まりと終わり

HARUKI(中1)

 今、僕と弟は走っている。ドアが見えた。入ると、椅子ばっかで道がせまい。自分たちの椅子を見つけると座って少し待った。すると、アナウンスの後、僕たちを乗せた飛行機は飛び立った。
 その後が楽しみだ。僕はコントローラーを取った。飛行機の席に付いている画面でゲームをした。約一時間ゲームを満喫した。次の飛行機は六時間。これにも画面が付いていたが、ゲームの量は少なかった。だからゲームは途中であきてしまい、「ファンタスティックビースト」の新しい映画をまた見た。
 そして次に乗ったのは帰り。これも六時間くらいで、来るときのゲームと同じ内容だったから、少し興味のあった映画「七つの会議」と「アクアマン」を見た。だが、それでも時間が余ったから、コナンのアニメを見ていたのだが、午前〇時発の飛行機に乗る前から、一睡もしていないから、そのまま寝てしまった。
 気がつくと空港の椅子に横たわって寝ていた。その後は暇だった。
 そして最後の飛行機に乗る。一番最初に乗った飛行機の経路と同じだから、モニターの内容も同じだと思っていたのだが、乗って座るとわかった。
「モ…モニターが無い。」
 がっかりした。その後、飛行機が加速し始めた。そこから窓をふと見ていた。だんだん高くなるにつれ伊勢湾全体が見えてきた。その後、雲に入った。すると、ジェットコースターのようで面白い。そして上下が雲に挟まれた空間に出た。あの雲はうろこ雲、あの雲はクジラ型、というふうに雲の型を当てたり、型から物を連想したりした。着陸前には車や建物が、ミニチュアのようで面白い。退屈になると思っていた一時間が楽しめた。
 旅の始まりと終わりの飛行機はかなり楽しい。飛行機の中で寝ている人は飛行機の中を楽しんでみてはどうですか?

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 この作文は六月の初めに書いてもらったものです。せっかくの旅の話なので夏休みに載せようと取っておきました。この時の課題は「伝えたいことを決めてから書くこと。」で、HARUKI君はこの作文で『飛行機の中は、意外に楽しい。』ということを伝えようとしました。
 前半はおきまりのゲームと映画の時間。座席で小さな画面をじっとみている主人公の姿を想像すると、ちょっと窮屈そう。でも実はこの前半がとても効果的でした。おかげで窓からの景色を見ている場面がとても開放感があって、心地よいものに感じられたのです。前半と後半のギャップを使った上手い構成でした。
 さて、この作文を書いてもらった直後、僕は写真の仕事でニューヨークまでフライトが控えていました。飛行機が苦手な僕はフライト前にはいつも憂鬱になるのですが、おかげで出発前は飛行機に乗るのが少し楽しみに感じました。つまり、HARUKI君の伝えたいことはちゃんと僕に伝わっていました。

塾長



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2019年06月19日

ペットボトルのゴミ

RIAN(小4)

 先生がゴミをいっぱい持っている。いっぱい持っているゴミは麦茶が入っていたペットボトルだ。大きい袋にいっぱい入っていて少し袋から出ていた。後ろを見ると、濃い影がはっきりとできていた。
 パン屋さんを通ると、少しおなかがすいてきた。パン屋さんを通りすぎるとゴミ箱があった。そのゴミ箱には、ゴミをすてないでくださいと書いてあった。そのゴミ箱は、しげんのゴミ箱だった。だからゴミはすてちゃいけない。ペットボトルを入れると、
「ガランゴロンガランゴロン。」
 という音がした。
 入れ終わると、パン屋さんの前をまた通ってコンビニに行く。コンビニにつくと中はすずしかった。アイスを選ぶ。ピノがあったからピノにした。ピノは箱にミニオンがいた。箱を開けると、中は黄色かった。いつもは黒なのにミニオンがいたからかもしれない。
 ピノを食べ始めてしばらくすると、ピノの表面が真っ白になっていた。ピノがあと二つになったから、ピノについているようじで二つピノをさした。全部ピノを食べると、ゴミ袋にピノの箱をすてた。
 木の葉を見ると、葉がすけていた。きれいな色だ。
 もうすぐ教室につく。とても暑かったから少しつかれた気がした。




今日は散歩に行くのではなく、教室にたまったペットボトルを資源回収ボックスに納めに行くという目的を持って出かけました。いつもは目的なしに歩くことが多いのですが、ちょっとした変化が作文にどう出るか興味津々です。すると、RIANさんは、袋にペットボトルが詰まっている様子に注目したり、ゴミ箱に見える場所が実はゴミを捨てる場所ではないということに気づいて、それに言及したりしてくれました。特に『ペットボトルを入れると「ガランゴロンガランゴロン。」という音がした。』という部分は印象的です。「捨てる」の代わりに「入れる」と書き、ちょっと楽しげな「ガランゴロンガランゴロン。」という音を加えているのです。そこには汚いゴミを捨てている雰囲気は感じられません。
もうひとつ印象的だったのは「後ろを見ると、濃い影がはっきりとできていた。」の部分です。実は教室を出る前に、今が時期的に夏至が近く夕方の割には太陽の光が強いこと、また光について描写したければ影について書くという方法もあるとうことについて話しました。RIANさんは早速そのことを作文の中に取り込んで表現しているのです。
その後も、ピノの箱のデザインの違い、ピノの表面の様子、光に透けた葉の色などなど、気づきの多い作文となりました。しっかりとした観察力が育ってきていますね。

塾長





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2019年05月30日

いつか絶対ぬかしてやる!

AMERI(小5)

「いちについてよーい。」
私の頭は一位になれるかという不安でいっぱいだ。一年生から三年生の時は自分よりも足が速い人がいなかった。だからあまり不安ではなかった。けど今年は自分よりも少し足が速い人が一レーンにいる。私はその人のことが気になって一レーンの方をちらっと見ようとした。でも実際には見る余裕は無かった。

 私は前を見た。
「バンッ。」
 私は後ろの足で地面をけっていきおいよく走り出した。
 私はまだ少し不安だった。でも走るのに集中していたから周りの人の声は全然聞こえなかった。自分の足音さえ聞こえなかった。
「あっ。」
 私の周りには誰もいないことに気づいた。私は今一位だ。私は少し不安じゃなくなった。だけど途中から一レーンの人が近づいてきているのを感じた。私はやばいと思った。だから腕を大きくふってさっきよりもスピードを出した。
 ゴールテープが見えてきた。でもだんだん一レーンの人が近よってきた。やばいもうすぐでぬかされそうだ。私はさっきよりも足を大きく開いて走ろうとした。でも抜かされてしまった。私は頑張ってまたその人をぬき返そうとした。私はゴールを見ながら、たまにその人のことを見た。
 まだ周りの音は聞こえなかった。私はゴールと一レーンの人のことしか考えてなかった。
 ゴールが近づいてきた。まぁ本当は自分が近づいているのだけど。なんて考えられないほど集中していた。
 やばいもうゴールだ。私は体を前の方にたおすようにゴールした。私とその人は、ほとんど同じタイミングでテープ(包帯)をきった。でもギリギリで負けてしまった。

 私は六年生の係りの人に二位の旗のところに連れて行かれた。私が一位の人を見ると、
「やばいマジで負けそうだった。」
 と言ってくれた。私はいつか絶対にその人のことをぬかしたいと思った。




 春の運動会シーズンとなりましたが、これは昨年の運動会のことを思い出しながら書いてくれたものです。
 実際に授業中に走る態勢になってみたり、実際に体を動かしたりしながら、丁寧に書いている様子が印象的でした。
 さて、徒競走というと長くても十数秒間程度のことなのですが、AMERIさんはスタート直前の心境から、ゴール直後までのことを細かく思い出しながら、原稿用紙二枚半程度の長さの作文にしてくれました。
 まずはスタート直前、結果のことを考えて不安になっている様子に共感できる方も多いでしょう。スタート直後からはすぐに走りに集中していくものの、そうした間にも実にいろんなことを考えていることがわかります。人間の脳は一瞬のうちに沢山のことを考えることができるものですね。不安、集中、期待と揺れ動く主人公の心情がよく描かれていました。惜しくも敗れた後も闘志が衰えないあたりに、悔しさとAMERIさんらしさが感じられました。短い時間を細分化することで、心の動きを詳しく描いた作文で、すぐそばでレースを見ているような気分になりました。

塾長





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2019年04月29日

もしも絵が上手だったら

NOA(高1)

 ゴールデンウィークが始まった。時間を無駄にしないために、早起きをすることにした。
「ピピピ、ピピピ。」
 目覚ましと共にパッと起きる。見慣れない物体が目に入る。黒い液晶タブレットが置いてあった。テーブルを埋め尽くすほどの大きさだ。起動してみる。すると、ラフ画が表示された。まだ七ヶ月しかイラストを練習していない自分のものとは思えなかった。
 しかし、不思議とこのイラストには親密さを覚えた。席に着き、タブレット用のペンを手にする。ペンをタブレットに当てた瞬間、無意識に体が動き始めた。イメージした通りに描ける。色付けも思い通りにできた。
 絵描きに没頭していると、親が起きた。そして母が自分の部屋に入り、イラストを見る。
「相変わらず凄いわね。これからも頑張ってね。」
「うん。」
 それだけ言い残し、母は上の階に上がった。と思ったら、一旦止まり僕に一言残した。
「ご飯もちゃんと食べなさい。」
 再び階段を上がる音が耳に残った。ぼくは何も言わずにまた、手を動かし始めた。




 実はこれは全てNOA君の妄想です。ゴールデンウィーク中に実現したい場面を妄想して自由に作文にしてくださいという課題に対して書かれた作文なのです。

 まるで実際に体験してきたのかと思うほど、自然に書かれています。これだけ実現イメージができていれば、NOA君の実現したい場面は、もはや妄想ではなくなり始めているのではないでしょうか。おそらく、これに近い生活リズムでこの連休を過ごしているでしょうし、近い将来、彼は実際に同じような体験をすることになると思います。
 今回の課題は、楽しみながら成功イメージを描くトレーニングをしてもらうつもりで出したものでしたので、この作文を見て、とても嬉しく思いました。彼は目標を見つけたことで、今ではゲームをする時間すらもったいないと感じるそうです。なんとも頼もしい男子になってきました。
 加えて僕が素敵だなと感じたのは、お母さんとのやりとりです。これもまた日々の中で実際にこういう会話が行われているのではないかと思うほどの自然な内容です。特に「ご飯もちゃんと食べなさい。」の一言には、自分自身が親である僕としては、言うよなぁ、こういうこと!と納得です。そしてそのセリフが出る親子関係そのものが素敵だなぁと思いました。きっとここに書かれている出来事は妄想でも、そこにある親子関係はすでに存在するのでしょう。
 目標に向かう主人公を応援したくなる作文でした。

塾長





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2019年04月28日

歳をとって

KOTARO.I.(高3)

 最近は、時が過ぎるのがあっという間な気がする。高校生になったあたりから、そう思うようになった。小学生の時は良くも悪くも、時が過ぎるのが長く感じたものだ。今日も桜を見て、もう一年も経ったのかと驚いたものだ。歳を重ねるごとに時間の感じ方が短くなっている。私はそれが悲しくもあり、不思議である。

 私は、生き物の寿命によって時間の感じ方が違うのではないかと思う。
 例えば、セミは成虫になってから七日間しか生きることができない。私たち人間からすると七日間はすぐであるが、セミの成虫はその七日間が一生である。要するに、セミには七日間が人間でいう百年間みたいに時間を感じているのではないのか。
 私はそういう生き物や年齢によって時間の感じ方が違うのが悲しくもあり、不思議でしょうがない。




少し前に桜を見に行った時の作文です。
読んでいるうちに、セミの成虫にとっての七日間は僕らが思うほど短いものではないのかもしれないという気になってきました。確かに星の一生に比べれば人間の一生など一瞬の時間だと言われますが、生きている当人たちにとっては、山あり谷ありドラマありのなかなかに長い時間であります。なるほど時間の長さや重さの評価は相対的なものなのかもしれません。なんとなく時間の秘密が分かってきた気がします。ということは、どんな短い時間でも、例えばたった一週間でも、それを自分の一生と思って必死に生きることができれば、何かの生き物の一生分と同じくらいの価値をそこに見いだせるかもしれません。この作文を読んだら、もっと時間を大切にしようと思うだけでなく、自分の残りの時間に、まだまだ大きな可能性があるような気がしてきました。ありがとう!ちょっと元気が出ました。

塾長



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2019年04月27日

カメレオン。

YUKA(高3)

僕はカメレオン。どんなものにもなれるよ。
ミュージシャンにだって、アイドルにだって、平凡なOLにだって、厳しい部長にだって、きっときっと、総理大臣にもなれる。
僕にはみんなの気持ちがわかる。想像できるんだ。その人を知って、どんな生活をしてるのかを知って、その気持ちを深く考えてみる。そうすれば、僕もその人になった気になって、いつしかそれが本当の自分だと錯覚し始めるんだ。でもね、また別のものが来たら、さっきのとはまた別物になっているんだ。そうして気付くんだ。本当の色を自分は知らないって。どれが本当の自分?みんな自分を持ってるよ?みんなはコンプレックスも、お気に入りも持っている。それを幸か不幸かというかはその人次第だ。でもね、コンプレックスもお気に入りに変えてる人達だっているんだ。じゃあ僕のコンプレックスはなんだろう?お気に入りはなんだろう?探してみよう!そうして見つかったのは、僕には何も色がないってこと。透明なカメレオンだってこと。この世界は平等を歌った嘘つきだ。平等なんて嘘つき。僕には個性なんてものはない。誰かの色を借りることしかできない。ああ、この世の全ての色が全て流れてくれればいいのに。そうすればみんな透明になるのに。そんな心から思ってもないことを言ってみたくなるほどに自分を見たくない。僕は僕と会いたくない。

ある日、あひるの彼がやってきた。そして僕に言ったんだ。「君だけは色を重ねることができるだろう?」って。
「でも全ての色を混ぜたら黒になってしまうよ?全ての色を掻き消してしまうじゃないか。」僕は不安になった。
「混ぜるんじゃない。君は今まで何度もいろんな色を上から重ねてきただろう?まだ君の中には何層ものいろんな色があるんだ。それは君が今まで大切にしてきたものさ。」
そして、僕は僕の尻尾の先を少しだけ、ほんの少しだけ切ってみたんだ。そしたらね……誰よりも沢山の色を持っていたよ。そう、僕はカメレオン。カメレオンなんだ。ねえ、君の色は何?








YUKAさんの文章を読むと、毎回新しいYUKAさんの本当の部分を少しだけ分けてもらったような気分になります。彼女が登場人物に話させる言葉は人の心の不安や弱さや、あまり日頃はペラペラとお話ししない部分まで踏み込んでくるからです。他人への憧れ、人の真似をすることの限界、コンプレックス等、多くの感情がこの作品の中でも描かれています。もちろんフィクションの形を取っているので、他の誰かを投影しているのかもしれないですが、僕にはYUKAさんの様々な要素が文章になって溢れ出てきているように思えるのです。今回の「カメレオン。」は実はYUKAさんが当塾を卒業する日にメールで送ってくれたものです。YUKAさんを送り出し、僕は帰宅途中の電車の中で読みました。電車に揺られながら静かに感動し、嬉しい気持ちに包まれたのを覚えています。何にでもなれるけど、まだ自分が何者か分からず不安になるカメレオンが、悩んだ末、最後には自分の良さを知り、それを自分自身で認めることができたからです。そしてYUKAさん自身がカメレオンだとしたら、教室での日々を通して、同じような感覚を持ってくれたのかもしれないと思えたからです。今でもこの作品を読むと、少し心が温かくなります。

塾長




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2019年04月26日

またね

GEN(小5)

 僕は一人で目の前の水そうをながめている。水そうの中には、金魚が四匹いる。ドキン、はくし、すいか、クキ、みんな楽しそうに泳いでいる。でも、本当は、もう一匹いた。

 お父さんが、金魚五匹を両手いっぱいにかかえた袋の中から、水そうの中に入れていた。金魚は水そうに入れられた後、中で元気よく泳いでいた。みんなうれしそうに泳いでいた。
「わ〜元気だな。」
 次の日は、昨日と同じくらい、とっても元気に泳いでいた。僕が、エサをあげようと思ったら、げんのすけが僕の所に、必死で泳いできて、エサをパクパク食べていた。かわいかった。
 異変に気付いたのは、その次の日の朝だった。なんだか、げんのすけが全然元気がなかった。僕は、ちょっと心配になってきた。
 その四時間後、僕が家に帰ってきたら、悲しそうにお母さんが、
「げんちゃん、金魚が死んじゃったの。」
 僕が水そうを見てみると、げんのすけが浮いていた。
 僕はずっと泣いた。
 それから、お父さんが帰ってきて、げんのすけを外に持っていった。その時、僕の家の前に住んでいる男の子が来て、
「どうしたの?」
 と聞いてきた。僕は、
「僕のお気に入りの金魚が死んじゃったんだ。」
 と答えた。そうしたら、
「残念だったね。」
 とその男の子は言った。
 お父さんが土をほった。金魚が土の上におかれた。そして、げんのすけは、ゆっくりと土にうめられた。僕は心の中で、
「またね。」
 と言った。

 僕は一人で目の前の水そうをながめている。水そうの中には、金魚が四匹いる。でも、僕の心の中には、今も五匹いる。




今回の作文では、現在のシーンから過去の回想に飛ぶ書き方に挑戦してくれました。冒頭と最後に書かれている場面が印象的で、今も水槽を眺めては、げんのすけ君を思い出しているGEN君の後ろ姿が目に浮かぶようです。また、げんのすけ君が元気な時の「僕が、エサをあげようと思ったら、げんのすけが僕の所に、必死で泳いできて、エサをパクパク食べていた。かわいかった。」という部分はとても素直で可愛らしい描写になっていて、GEN君がお気に入りの金魚との時間を楽しんでいた様子がよく伝わってきます。この楽しい時間が書かれていたからこそ、その後の悲しみが読む人に伝わりやすくなり、冒頭と最後の場面にはせつなさが加わったと思います。小さな家族のことを大切に思う、小学生の男の子の気持ちが上手に書かれた作文でした。

塾長




posted by 塾長 at 12:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作文紹介

2019年04月25日

ろうそく

SUMIRE(小6)

 「ハッピバースデートゥーユー…」
 ふと私はろうそくの火を見る。 
 今から六年前。私がまだ小学一年生になる少し前のこと。

 「九十一本ろうそく立てるの〜?」
 いとこのぜんが、おばあちゃんに聞く。
「さすがにそれは大変だから九本にしよっか。」
 私のひいおばあちゃんは九十一歳。でも、ひいおばあちゃんは九十一歳に見えないほど元気。杖だってついていない。私と一緒にお菓子だって食べてくれる。
「ひいおばあちゃん、お菓子食べよ〜。」
「分かった。今行くわね。」
 ひいおばあちゃんはすぐに私の元に来てくれる。
 誕生日から数日たった。お母さんの携帯に一通のメールが届いた。それは今日本当だったら来るはずのおばあちゃんが来られなくなったというメールだった。ひいおばあちゃんが風邪をひいたらしい。とたんに私はひいおばあちゃんが心配になった。年をとるにつれて、ちょっとの風邪が重病になってしまう。
 その日の夜、ふとんの中で私は心配していた。
「今何しているかな〜。熱あるのかな〜。」
 そんなことを考えているうちに、私は眠りに落ちた。

 「九十七本ろうそく立てるの〜?」
 いとこの花がそうおばあちゃんに聞く。
「さすがにそれは大変だから九本にしよっか。」
 パパが火を灯す。フォーン、フォーン、フォーン。
 今、ひいおばあちゃんはお菓子を食べない。けれど私が呼ぶとゆっくりだけど来てくれる。私はそれだけで嬉しかった。私は六年前のようにろうそくの火を見た。そして心の中で、心を込めて言った。元気でいてね、ひいおばあちゃん。




「今、ひいおばあちゃんはお菓子を食べない。けれど私が呼ぶとゆっくりだけど来てくれる。私はそれだけで嬉しかった。」
この部分を読んで僕が最初に感じたことは、自分が九十七歳まで生きられたとして、その時に、誰かが僕のことを呼んでくれるだろうか?たとえちょっとの用事だとしても、来て欲しいと思ってくれるだろうか?ということでした。そんなことを考えながら読み返して見ると、実はこの場面、曽祖母様にとってとても幸せな瞬間なのではないかと感じられました。同時に、愛するひ孫に呼ばれて、億劫ながらもよっこらしょと体を動かす時の曽祖母様の嬉しさや表情が思い浮かび、なんとも温かい気持ちになりました。人は誰でも年を取るにつれ、それまで当たり前にできていたことができなくなって行きます。そのことを実感できるだけの時間を生きて来て、ようやく僕が気づけることを、SUMIREさんは無意識であれ、すでに気づいているようです。でなければ、ただこちらに来てくれるだけの行為を嬉しいとは感じられないはずです。呼ぶ人も呼ばれる人も同時に一つの小さな幸せの中にいるこの場面を、そういう小さな幸せの形を、まだ小学六年生の筆者が見つけて書いてくれたことに、僕はちょっと感動しました。
もちろん、この作文はそれ以外にも多くの工夫が含まれています。ろうそくの炎という象徴的な光を主人公が想いを馳せる際のきっかけに使っていること。それをタイトルに選んだこと。六年前と今で変わったことと、変わらないことを描くことで、時間の流れを表現していること等々です。でも今回は、そういう技術的な進歩以上に、SUMIREさんの大切なことに気づける力に感心させられました。

塾長





posted by 塾長 at 14:26 | Comment(1) | TrackBack(0) | 作文紹介

2019年03月29日

自分を好きになるために

KOTA(中3)

 卒業をした。二日前の事なのに喪失感が抜けない。私は学校が好きだったのだと気付く。
 でも、もう遅い事を、二日前には一輪も咲いていなかった桜が視覚を通して私にしっかりと教えてくる。
 満開には程遠いが、それでも少しずつ枝に付いた花は私の心の甘さを許そうとしない。強制的に心の奥に景色を焼き付け、さらに卒業した時の景色まで目の前に持って来る。
 一度目をそらす。しかし視線がまた桜に吸い寄せられてしまう。がっちりとした根元や幹は「逃げるな」と、また「お前はこれからどうするんだ」と言ってきた。
 私は理解する。桜の木は私だ。桜の声は私の心の声で、何も考えようとせず、何も動こうとしない私を、桜を通して自問自答させているだけなのだ。
 「桜の木のようになりたい」と私は言う。自分の心がその答えを求めていたのかは分からない。でも桜の声や卒業の時の景色はおさまった。
 私は歩く。卒業を養分として、満開が美しく、そして人々の目を奪えるような、とても濃い色の付いた桜の木になれるように。心に嘘をつかなくて済むように、自分が自分を好きでいられるように、私は桜のようになるために生きて行く。






中学卒業という一生に一度の出来事が、桜とともに、KOTA君の中の痛々しいくらいに純粋な感情をむき出しにさせているように思いました。だからと言って、ここに書かれている彼の覚悟は、決して卒業後という特別なひとときの思いつきではなく、この三年間を振り返る中で、自然に湧き出てきた素直な願いのようなものに見えます。自分の弱さを認めた上で、学校を好きだと確信できている事、また、自分の今後に希望を持って前に進んで行こうとしている事が読めたことを、嬉しく思います。時間をかけて、ゆっくりと、強さとしなやかさを併せ持つ樹になってほしいと思いました。

塾長



posted by 塾長 at 16:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作文紹介

2019年03月26日

初めての光景

YUYA(小5)

 「勝てるかなぁ。」「いやいや今まで勝ってきてるから大丈夫だ。」
 僕は心の中で僕自身と喋っている。
 今日は運動会当日。天気も良く、絶好の運動日和だった。
 僕は四年連続かけっこに勝っている。今年も勝つぞ!と気合いを入れてかけっこに臨んだ。
 そろそろ自分の番だ。ドキドキ心臓の音が奇妙なほどに聞こえてくる。
「バン。」
 ピストルの音が鳴った。僕は勢いよく走り出した。と思ったら、すべって少しスタートが遅れた。もうみんなはスタートしている。僕は焦った。
「やばい。やばい。」
 息をハーハーさせながらようやくテープが見えてきた。初めて相手の背中を見ながら走った。




2018年度の自分の三大ュースを挙げた後、そのうちのひとつについて、原稿一紙1枚程度にまとめるという課題に対して書かれた作文です。
簡潔にまとめられた作文ですが、短い中に工夫が見られて感心しました。例えば書き出しの場面では、不安だと書く代わりに自分自身との会話の内容を書き、さらには、緊張していると書く代わりに「どきどき心臓の音が奇妙なほどに聞こえてくる。」と書くなど、気持ちの表し方の工夫をしています。また最後の場面では、かけっこで負けてしまったことを「息をハーハーさせながらようやくテープが見えてきた。初めて相手の背中を見ながら走った。」と、自分が見た景色の描写だけで表現したことで、読んでいるこちらも同じ映像を思い浮かべながら、負けてしまった無念さを共有することができました。
短い文章ですが、随所に成長が感じられる作文でした。

塾長




posted by 塾長 at 23:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作文紹介
プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。