2017年07月29日

「マニュアル通り」

NOA(中2)

「いらっしゃいませ。」
 いつも聞く言葉でコンビニの店員が迎える。これでこの言葉を聞くのは何回目だろう?数え切れないほど聞いた気がする。
 店員は普段あまり見ていないが改めて見るとすごく無愛想に思える。
「四点で三九八円になりまーす。」
「新発売の唐揚げはいりませんかー?」
 マニュアルに書いてありそうなこと以外は何も口にしない。嫌そうな顔はしていないが、嬉しそうな顔もしない。
 最近思い始めてきた。多数の仕事の社員はロボットやAIなどと入れ替わると思う。どうせ店員が無愛想でマニュアル以外の方法でサービスしないなら、ロボットとか機械と入れ替えても問題ないのではないか?逆に効率が良くなる気がする。
 実際は、これが起きれば多数の人が仕事を失うけど。
「次のお客様どうぞー。」
 前の人が終わり、僕たちが呼ばれる。
「ピッピッピ。」
 持ってきた商品のバーコードを一つずつ機械で取っていく。真顔だ。
「三点で三百八十二円になります。」
 前の人と同じ対応だ。当たり前だろうけど。そのまま外に向かう。
 店員がマニュアル通りにしか動かないならAIか機械と入れ替わった方がいいと思う。




 『コンビニに買い物に行く際に、そこで働く方々の様子を観察する』という課題に対する作文です。
 僕の予想では、コンビニでテキパキと働く方々の忙しそうな様子が描かれると思っていたのですが、いきなり冷静な評価と合理性を求めるかのような文章に驚かされました。働く大人としてはなかなか耳が痛いところです。常に心と頭を働かせて、マニュアル以上のことをするというのは必要だとはわかっていても、実践できていない場合は多いのではないでしょうか。中学2年生のNOA君がまるで経済アナリストのような、あるいは経営者のような目で、厳しく働く大人を観察していることにはびっくりしました。
 ところで、作文を読ませてもらった後に、ではロボットではなく、人間が働く場合の良いところはないのか?と聞いてみたところ、店員さんがふと見せてくれる笑顔はやはり嬉しいとのこと。NOA君の中には合理性を求める心だけでなく、人の温かさに対する感情もきちんと育っていることがわかりました。
 それにしても今回の目線から、彼が将来経営者になった会社は業績を伸ばしそうだなぁ、などと一人想像して感心してしまいました。

by 塾長

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2017年07月27日

「カレーうどんが好き……だけど?」、「すぐそばの脅威」(2作連作)

HANA.Y(中2) 

「カレーうどんが好き……だけど?」

 私は汚れたものが嫌いだ。
 服についたシミなんてこの世で一番許せない。本の背表紙の部分が白く擦れてしまったり、ページが折れてしまったり何てことがあったら失神してしまう。
 だから、本には必ずカバーをつけるし、袋に入れたり、硬いケースの中に身動きがとれないようにわざわざ違う本を入れたりして、ケースの中にみっちみっちになるようにしている。
 ノートに気に入らない自分の字が並ぶのも嫌だ。そういう場合は、そのページを破りもう一度書き直す。なんで鉛筆で書かなかったのかと姉に言われ、ページを破る必要はないと最近、気づいたところである。

 私がいつからそんなに汚れが嫌いになったのかは分からない。いつの間にかというのが、一番最適な言葉だがいつからかと聞かれれば、確かそれは母のためだった。
 私には家族が多く、母の負担が多いことは小さい頃からわかっていた。私がシミを作ってしまっては、母の仕事をまた一つ増やしてしまうと思ったのだと思う。それから、初めて綺麗にシミを消したときの快感が今に繋がっているのだと思う。

 私はカレーうどんが好きだが、シミが嫌い。まさに対極の両方をバランスよくするために私はシミと戦う決意をした。
 家庭科の教科書を片っ端から読み、薬局ではシミ抜きのコーナーを見る。シミがあったら率先して取る!取る!そして、シミと互角に戦っているのだ。
 かくれんぼと同じだ。シミを一つ残らず見つけて最後の一つまで見つける。跡形もないように。

 今ではシミ抜きは私の得意種目。運動会の障害物があったら、余裕の一位、間違えなし。
友達に、なりたい職業はクリーニング屋か?と聞かれたことがある。私は、クリーニング屋は仕事であって、私はシミ抜きだけがしたいのだと答えた。友達の、私を不審な奴だというような目つきは、今でも忘れはしない
 そんな、服のシミが本になり、ノートになった。でも、これは誰しもが持っていなければいけない思いではないか?
 例えば気になっている人に偶然出会ったとき、コンビニに行くような部屋着でしかもシミが派手についていたり、白い服にシミがついていたりして、自分ではなくなりたりたいと思ったことはないか?
 そんなとき部屋着でも綺麗な部屋着で白い服が優雅に揺れていたら相手側は気分がいい。
 家に帰ってきて、部屋に入った時白くはげている本が陳列しているより、本屋で売っているような状態で美しいままの方が気分はいい。
 ノートはだるい授業できったない字が暇そうに並んでいるより、だるい授業だからこそ楽しみになるような美しい字が和気あいあいと並んでいる方が、気分がいい。
 姉がボロボロな本を持っていて、汚れていて嫌ではないのか?と聞いたことがある。
すると姉は澄ました顔をして
「汚れるっていうのも味があるってことじゃん。」
 チョコを使ったお菓子を作るというのに白い服を着て大量にチョコを飛ばすというのも味なのか?と問いかけたくなったが私は美しい状態が好きなのだ。
 私の今の課題はシミを抜いた後の毛羽立ちをどうするかである。



「すぐそばの脅威」

 私のシミ嫌いは筆箱にも及んだ。
 ある日、買ったばかりの可愛らしい筆箱の先に鉛筆の黒い跡がついているのを見た。取ろうと試みたがなかなか取れない。これは、まだ幼い頃の私の短い人生の屈辱的な経験だった。それはどんな筆箱でも同じで、最初は美しい状態でもだんだん黒い跡がつき、下の方に消しカスがたまっていくことが憂鬱になり見ているだけでも嫌で何度も筆箱を変えた。それが筆箱の運命なのだとあきらめていた。
 そんな時、友達の誕生日プレゼントを見ていた時だ。ホットドッグの形をした筆箱を見つけ、一目で気に入ったのですぐに購入した。帰って早速シャーペンを入れようとした時、ふと気づいた。これもいつか汚れてしまうのか?と。そのような事態は避けたかった。だから、私はその筆箱にキレイな柄のキッチンペーパーを入れ、シャーペンなどの筆記用具をそのキッチンペーパーにキレイに包んだ。最初は友達からキッチンペーパーがソースのように見えてかわいいと言われたがだんだんとボロボロになり始めた。それでは、鉛筆や色ペンからの脅威からは守れていないと思い断念した。キッチンペーパーをいちいち変えるという手間が増えただけだった。
 新たな転機が訪れたのはまた新しい筆箱になった時だ。誕生日プレゼントで姉がくれた動物の形をした筆箱だった。姉がわざわざ、北海道から取り寄せたものだった。以前のパターンで汚れから守ろうとキッチンを探すがキッチンペーパーが見当たらない。そこにちょうどあったハートの柄のついた袋を見て、その袋の中に入れることを思いついた。これが最善の策であった。
 今ではシャーペンは袋に入れ、ボールペンや色ペンはついてしまったとしても拭き取れる硬いビニールの筆箱に入れて、筆記用具の脅威から守っている
 最近、友達の筆箱にマーカーのインクのこぼれた跡を見つけた。とても見るに堪えない今日この頃である。





 この作文は、「何か自分の得意なこと、好きなことにこだわった話題を見つけて、自由に書く。」という課題に対するものです。てっきり、趣味や得意なスポーツなどについて書かれるものかと思っていたところ、良い意味で大きく予想を裏切る作文となりました。
 ここまで本人の強いこだわりや思いが書かれていれば、もう作文力を上げるための練習というよりは、エッセイとして楽しむことができます。授業でこの作文を読んだ他の生徒たちの間では、作文の書き方よりも、その内容に対する賛否両論が飛び交い、授業が終わってからも、汚れや整理整頓、はたまた人生感についてまで、長く会話が続きました。読む人たちの会話がそれほど盛り上がるというところにも、この文章の面白さがあらわれていると感じました。
 気取ることも、自分を飾ることもないストレートな思いを綴った文章は魅力的ですね。

by 塾長
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2017年03月11日

春だなと感じた時

MANA.Y(小5)

 外に出ると、自分にとっての春のにおいが感じられた。今日は、散歩に行ったのだが、立春をだいぶ過ぎた今日は、冬とは違う感じがした。
 まずは空を見てみた。東から西へ太陽が沈んでいた。青からオレンジのグラデーションになっていてとてもきれいだった。冬ならこの時間はもうとっくに沈んでいる太陽がまだ沈んでいなくて、そこに春だなと感じた。
 歩いていると自由が丘公園の前を通った。私が先生に
「グラデーションの様子を見たい。」
 と言ったので、
「五分だけね。」
 と言われた。私はブランコの方に行って、ずっと空を見ていた。最初、下の方はオレンジ色になっていたのだが、五分経つと青い方が多くてライトの白色がとても目立っていた。
 また、ブランコをこいでいる間、冷たい風が吹いて、少し寒かった。でも、春を感じるのは確かだった。
 歩いていても全然冷たい風が吹いてこなかったので、そこにも春だなと感じた。冬ならずっと冷たい風が吹いているが春はまれに風がふくだけで、そんなに寒く感じない。
 また薄着で来たので、そんなに寒くなくてよかったと思った。
 帰りにカリカリシュガーで少し高いやつを買ってもらえた。薄着で来てもそんなに寒くないし、勝手に今日の私はちょっとツイてるなと思った。
 話を戻すと、今日の散歩で冬から春への移り変わりと、冬と春の違いがわかった。また夏の初めに外に出たら春から夏への移り変わりや、春と夏の違いもわかるのかなと思った。




西の空に沈んでいく太陽の光と空の色の変化に注目して、それを楽しもうとする姿勢に、MANAさんの成長を感じます。また小さい季節の変化を見つけるのも上手く、さらには「ちょっとツイている」というポジティブで明るい調子が春のイメージを語る今回の作文に合っていて、材料の見つけ方も上手になっているように感じました。最後に夏の始まりに思いを馳せて作文を締めくくったのも、MANAさんが広い視点に立ってものごとを捉えていることが感じられてよかったです。夏の初めにMANAさんがどんなことを感じるのか今から楽しみになりました。

塾長


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2016年12月24日

返事はきっと……

MIYU(中1)

 四年前、私と君がまだ大学二年生だった頃。文学部(とは名ばかりの変人グループ)でクリスマス会の買い出しに二人で頼まれて行った時。君が、
「あっちを通って戻ろう!」
 そう言って私の手を引いて人の波の中を進んで行ったよね。君が思ったよりも速いから、私は何度も転びそうになって、
「待って!」
 って言おうとしたけど君のあまりにも無邪気な笑顔を見たら、なんだか胸がギュウッてなって、うるさかった雑音も消えて、世界の中で君と私の呼吸と、私と君の足音しか私の耳(こころ)に届かなくなった。
 気がつくと私は君と並んでジャングルジムの星の下(てっぺん)で街を見下ろしていた。駅前の大きなツリー、家の灯り、街中のイルミネーションが上(そら)の星よりも忙しく瞬いていた。
「僕さ…。」
「どうしたの?」
「笑うなよ。」
「笑わないよ。」
「サンタクロースになりたかったんだ。」
「どうして?」
「それは、ーーのーーー…。」
「えっ。なに?」
「きこえないよ?」
ねぇ……。

 ピッピッピッピピピピピピピジーージリリリリリリリリ…カチッ…。
「あと三分…。」
 またあの夢を見た。四年も経った今でも鮮明に思い出せる。ちらりと時計を見ると遅刻だった。
 ほぼ遅刻ならまだしも、遅刻だった。叫びたい衝動をこらえながら満員電車に体を押し込み、会社の最寄り駅から猛ダッシュする。
「お、お早うございます。」
 よかった。あの面倒なハゲの係長はいない。
「降夜!」
「げっ、お早うございます。係長。」
 ブチッ、あ、係長が切れた。
「おまえという奴は!会社に四十分も遅刻してくる奴がどこにいる!……」
 係長の怒鳴り声も聞く気がない私は夢の中で君が最後に言った言葉を思い出そうとしていた。君と見た景色も君の温かさも鮮明すぎるほど覚えているのに、君の最後の言葉は夜の精霊がいたずらに隠したように見付からない。
「ねぇ、雪!お昼いっしょに食べよう!」
 お昼休みに私のデスクに来たのは同期の桃山桜。大学サークルからの付き合いだ。
「いいよ。」
「桃山さん、降夜さん、ご一緒してもよろしいかしら。」
「菊長さん!もちろん!一緒に食べましょう!」
「まぁ、ありがとう。」
 話しかけてくださったのは会社の先輩の菊長さんだった。
 私達は会社から少し離れた定食屋に入るとおしゃべりを始めた。
「もう!ほんとにあのハゲ係長やめさせたい!」
「なにかあったの桃山さん?」
「あー、菊長さん、桜はいつもこんな感じなんで、ほっといていいですよ。」
「えー、雪、ひどくない!」
「べつに。」
「うふふ、二人は仲が良いのね。」
…昼休み終了十分前。
「やっば!遅れる!」
 
 夜十時、残業を片付ける。
「終った〜。」
 私の声が誰もいないオフィスに響く。私は肩にカバンをかけると夜のイルミネーションの海に身を沈めた。
 歩くうちに景色が四年前の道と重なる。ふと気づくとあの公園に来ていた。視線を上げるとジャングルジムと……。
 君がいた。
 あの日のように無邪気に笑って、君は、
「やっと、来た。」
 とつぶやいて、私を手招く。
 私は君の隣に座った。
 二人とも何も言わなかった。
 ただ空を見上げていた。
 フワリ、フワリ。
 雪が舞った。
「…ホワイトクリスマスだ……。」
 私はつぶやいた。

「あ、あのさ、目をつぶって手を前に出して。」
 少し上ずった声で君が言った。私は目をつぶって手を前に出す。
「えっと、そうじゃなくて手でお椀を作って。」

 ポスッ。

「目を開けて。」
 目を開ける。私の手の上には雪といっしょに降ったような小さな箱があった。
「えっと、貴方だけのサンタクロースになります!年中無休です!」
「……。」
「あっ、そのっ、僕と結婚を前提にお付き合いしてください!」
 嬉しすぎて理解が追いついてこない。私は笑って、




 ここで話は終わっていた。私は原稿をお父さんの机の上に置いて書斎を出た。
 きっとこれは、お父さんとお母さんの物語りだと思う。

 ピンポーン。
「はーい。」
「こんにちは雪音ちゃん。」
「お久しぶりです。桜さん、菊長さん。」
「失礼します。」


 あれは、お父さんとお母さんの物語り。
 きっと『降夜 雪』さんの返事はYesだと思う。





クリスマスシーズンに向けた創作をしてもらいました。
まずは冒頭の『私と君』のシーンがとても素敵で、読みながらあまりにも自分が素直に物語りに入って行けたことに驚きつつ、嬉しくなりました。先が読みたくなる書き出しに、上手くなったなぁと素直に感心しました。
また、親の世代にもどの世代にもキラキラする時間があったことを、さらっと書いてしまうところには、MIYUさんの精神的な成長が感じられます。自分自身が親世代となった僕の心にも響くものがありました。

塾長


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2016年12月08日

魔法の煙突

KOTARO.I(中3)

 僕の家には煙突がある。だが僕の家の煙突は普通じゃない。欲しいものを紙に書いて燃やすと、次の日暖炉にそれが届くという優れものだ。
 だがこの煙突に頼めば、なんでもかんでも出てくるわけではない。しっかりとルールがある。一つ目は、一日一個までである。二つ目は、お金や生き物は頼んでも届かないというものだ。そして、今日はこのことを自慢するために、親友のアホ田君を家に呼んだ。

「ピンポーン。」 
 とベルがなった。
「あっ来たかアホ田君。」
 と僕は言った。アホ田君が家にやって来た。
 僕はアホ田君にこのことを先に話すと危険なので、最初はゲームをして、アホ田君が帰る時になったら打ち明けようと決めた。
 アホ田君が帰る時が来てしまった。僕は煙突のことをアホ田君に打ち明けた。すると、アホ田君は何も言わずにペンと紙を取り出した。
「どうしたの?何か欲しい物でもあるの?」
 と僕はたずねた。
「だまれベンソン!」
 とアホ田君が言った。
「ぼくはベンソンじゃないよ、たけしだよ。」
 と言ったが、返答はなかった。書き終わるとアホ田君はその紙を燃やしてしまった。結局何を書いたか見ることはできなかった。

 次の日、僕は寝坊してしまった。起きると僕はすぐに家を飛び出した。学校に着くと、アホ田君に会った。
「昨日は何を頼んだの?」
 と僕は聞いた。
「秘密だよ。」
 とアホ田君が答えた。学校が終わると僕はすぐに家に向かった。普段は、アホ田君と帰っていたが、今日はそういう気分ではなかった。
 家に着くと、僕はすぐにアホ田君が何を頼んだか確かめるために暖炉に走っていった。走っていると足をすべらせ僕は頭を打ってしまった。
「ギャー。」
 と僕は声をあげた。しかし、あきらめるわけにはいかない。僕は激痛をがまんしながら床にはいつくばって暖炉へと移動した。
 暖炉に着くと、あるものが届いていた。
「ケーキだ。なんでだろう?」
 そこにはお誕生日おめでとうと書いてあった。僕の目から涙がこぼれた。
「今日僕の誕生日だ。」
 アホ田君が何を頼んだか分かった。

 その出来事からアホ田君とは大親友になった。この煙突の秘密は僕とアホ田君しかしらない。




 今回紹介したのは、煙突というキーワードを使っての創作です。この季節だけに、煙突とくればサンタクロースの話にすれば簡単なところを、KOTARO君はあえて別のアイディアで書いてくれました。

 さて、こういう便利な道具の話を書く場合、なんでもかんでも願いが叶うようにすると、いまひとつ現実味にかけてしまう面があるのですが、KOTARO君はあらかじめ、「一日一個まで。」「お金や生き物は頼んでも届かない。」とルールを決めることで、物語に安定感を与えることに成功しています。思いつきで書いているのでなく、書く前にきちんとアイディアを整理しているのが伝わってきます。だからと言って堅苦しい真面目過ぎる物語になることもなく、友人の名前がアホ田君だったり、「だまれベンソン!」「ぼくはベンソンじゃないよ、たけしだよ。」というようなやりとりがあったりと、どこかナンセンスな雰囲気さえ漂わせているところがKOTARO君ならではも持ち味です。おまけに最後にそのアホ田君がいい奴で読む人をジーンとさせるのですから、本当に自由自在に原稿用紙の上で楽しんでいるようでさえあります。書くときはいつもじっくり考えてから書き始める彼の作品は、毎回なんらかのアイディアを生かそうという試みが見えて、読んでいるこちらも楽しませてもらっています。

塾長

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2016年11月07日

なんとも言えない空気

IBUKI(中2)

 今日は体験生のエマが来たので散歩に行った。今回の課題はEMAに散歩中に取材することだった。
 外に出て最初に熊野神社に行った。熊野神社では僕はジョウタロウと真面目な事を話していた。次に坂の上にある「ラ・ビータ」という観光地に行った。そこでもジョウタロウと真面目に話し合っていた。だが少しずつエマに取材する事を考え始めた。
 そしてローソンについて少し飴やお菓子を買おうとして飲み物の所にあったお茶の内容量をジョウタロウに質問した。その間、かなり取材内容を考えていたがなかなか良い質問が思い浮かばなくて、気付くと教室の階段下にいた。
 その時、頭にパッと浮かんだのが天気だったので、僕は
「晴れと雨どっちが好き?」
 と聞いた。何を言っているのか自分でも分からなかったが
「どっちでも。」
 と言われたのでなんとも言えない空気になってしまった。




 この日の課題は二つありました。ひとつは体験で参加してくれているエマさんに何か質問をして答えを聞き出す事。これは新しい人が来ると毎回やることで、体験の人と交流しつつ、進んで質問するなどして取材力をつける練習です。もうひとつは、作文を書く際に予め結論を決めて書く事。どうしても書きながら結論を考えると、途中で言いたい事がぶれる場合が多いので、今回は作文の結末をはっきりと先に決めてから書き始めてもらいました。

 さて、初めて授業に参加してくれた人に質問すること、つまり初対面の人に対して自分から声をかけて質問するというのは、なかなか大変です。このような場合はいつも、短い散歩の間、生徒達は何を聞くべきか考えたり、話しかけるタイミングをさぐったりで、そわそわします。ですから何とか絞り出した質問がトンチンカンな問いになってしまうことはよくあるのです。そんな雰囲気が、別の友達とばかり話したり、お茶の内容量を尋ねるたりするちょっと不自然な行動を通して書かれています。イブキ君はこうした様子を書きつつ、ついに体験生に質問することができた場面を結論で書こうと試みてくれました。
 イブキ君は日頃から書くスピードが速く、書く量が多い人です。その分、結論がぼやけることもあるのですが、今回は決めた通りの結末を最後に置いて、しかも何とも言えないあの場の空気を書いてくれました。今回の作文は短いものですが、進化の兆しが見えた作文でした。

塾長

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2016年10月22日

自転車の気持ち

JION.A(小6)

 ぼくは、こいで進むタイヤのものです。
 ぼくは、買ってもらったその人に、ぼくが壊れるまで使ってもらうんだ。それがぼくは一番うれしい事だ。
 ぼくは、色々なところにとめられるんだ。駐輪場や道など、にとめられるんだ。
 ぼくは、放置されたり、ひとりぼっちになったりするのが一番やなんだ。
 ぼくは、人に迷惑はかけたくない。だけど、ぼくは動けないから、人がとめかたを見直すべきであると思う。
 そうしたら、より良いくらしが増えると思うし、人も困らないし、町もきれいになるからいいと思う。




 今回は町を歩きながら、駐輪場や道端に停めてある自転車を見て、自転車という言葉を使わずに「自転車の気持ち」を書くという課題でした。

「ぼくは、買ってもらったその人に、ぼくが壊れるまで使ってもらうんだ。」の一文にぐっときました。この一文を読んで、自分は親としてものを大切にすることをきちんと教えてきただろうかと反省したほどです。その後の「ぼくは、放置されたり、ひとりぼっちになったりするのが一番やなんだ。」というまるで自転車ではなく人間の子ども達の心の叫びのような文も胸に刺さりました。
 今回は自転車の描写をしつつ、放置自転車の社会問題に踏み込む生徒もいるかなぁくらいに構えていたところ、純粋な文章を見せられて、もっと身近にある大切なことがらに気づかされました。子ども達はいつも当たり前で正しいことを教えてくれます。素敵な作文でした。

塾長

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2016年10月20日

乏しい電灯の下で

HANA(中1)

 無造作に放置された自転車。虫が群がり乏しく灯る電灯。車が人をかき分け走る独特な走行音。
 様々な人が行き交う路地にそれはそびえ立つように並べられている。それを照らすのは電灯と不気味に光る店の看板だけだった。

 彼らは
「昔は沢山の人達が飲み物を求めて、私たちを頼ったものだ。」
 と笑った。彼らの心はその質感のように冷たく、そして悲しい。彼らは言う。
「あの、チャリンっていうのは人が喜んだ証なんだ。」
 彼らは人に喜ばれるために必死に主張したが、人の心というものは金属より冷たいのだ。人々は彼らを見ようともせず、通り過ぎるだけだった。彼らの仕事は飲み物を売るということではなく見守るということかもしれない。

 今日も電灯に照らされる彼らの横を仕事帰りのサラリーマン、集団で騒ぐ男女、ラブラブなカップル、様々な人々が通りすぎる。彼らには目もくれずに。それでも彼らは優しく微笑んだ。



 今回は、教室近くのある場所に複数台で並んで立っている自動販売機を描写するというのが課題でした。ただし自動販売機という言葉は文章中で使ってはいけないという条件をつけました。
 路地に配置された自動販売機の役割が実は飲み物を売るだけでなく「見守ること」と書いているあたりに、筆者の観察眼の鋭さを感じます。全体を通して、文章に強さのようなものも感じられました。ちょっとした描写の練習の文章にも手を抜かず、何かを伝えようとする姿勢が素晴らしいですね。

塾長

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2016年10月14日

みんながのめりこんでいる機械

N.ANNA(小5)

 駅前はそれを持つ人であふれ返っていた。「それ」とは、五〜六年前位にアメリカで発売され、それ以来日本人、外国人の間のほとんどの人が持つようになった機械だ。今では、ちびっこからおじいさんまで老若男女が持っている。ほとんどの人はその機械で電話、メール、ゲーム、音楽を聞く、などの事をしている。大人はひまさえあればその機械をいじり、だんだん猫背になっていく。私はその機械を持っていないが、友達のうち、五〜六割はその機械を持っている。

 その機械は、手に入るほどの大きさで、金属、ガラス、プラスチックなどでできている。ケースをつけない人もいるが、だいたいの人はケースをつけていて、ケース専門店もある。色は様々。形はうすい長方形で、文庫本より少し小さいサイズだ。

 その機械がないと、世の中は不便になるかもしれないが、逆にその機械があることで、「依存症」という病気になってしまう人もいる。ただの症状ではない。病気だ。その病気になってしまうと、専門の病院まで行かなくてはいけない。また、その機械を見ていることで、視力が低下することもある。その機械は、こわい面も持っているのだ。
 そんな機械を、ほとんどの人が持っている。そう考えるだけでもゾクゾクする。その機械を使う時は、ルールを守って使うことが大切だ。




 今回は街に出て、「スマホという言葉を使わずに、スマートフォンを外で使っている人や、スマートフォンそのものを描写する」という課題でした。
 「大人はひまさえあればその機械をいじり、だんだん猫背になっていく。」の一文を読んだ時、ANNAさんの観察眼の鋭さと的確な表現に参りました。今回の描写の練習においては、各生徒がスマートフォンに対して日頃から持っている知識や印象が大きく影響してくるのですが、この一文はそこに実際に見てきた映像の情報が加えられて、より説得力が増しています。「ひまさえあれば〜」というのはANNAさんがこれまで持っていた印象から書かれたものですが、そこに「猫背になっていく」という目の前で起こっている出来事を加えて書いてくれているのです。しかもこれを読んだ大人は、ユーモラスな映像を思い浮かべながらも、どこかチクリとくるのです。とても印象的な一文でした。その他の部分もスマートフォンの描写をきちんとした上で、最後には自分の意見を述べるなど、かなり内容の濃い作文でした。

塾長

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2016年10月13日

スマホを使っている人をチラ見する。

AYURI(小5)

 今日は、散歩がてらスマホを使っている人をチラ見するということだった。
 階段を降りた時、すでに左右に一人ずつスマホをいじっている人がいた。いつもはそんなこと気にしていないから、今日はいつもよりたくさんの人がスマホをいじっているっていう感じがした。

 駅前に行くと、大勢の人が「歩きスマホ」をしていた。でもそれよりも、はしの方で立ちながらスマホをいじっている人の方が多かった。

 スマホケースをつけている人も多かった。一人、モコモコしているケースをつけている人もいた。夏とか、あつくないのかな?と思った。モコモコのってあんまりないから、めずらしいと思った。バッグみたいだった。(モコモコが)

 ふみきりでも使っている人がいた。しかもサイレンみたいのがなっていたのに、歩きスマホをしている人がいた。スマホって便利だけど、あぶないと思った。




 今回は街に出て、スマートフォンやそれを使っている人を描写するという課題でした。
 まず、スマートフォンを意識することでいつもよりその存在が目に付くということに触れているのは面白いですね。何かに注目したり意識したりすることで脳に入ってくる情報も変わってくるという、自分の感じ方の変化について気づいてくれたようです。
 また、スマホを使う側から観察する側に回ることで、スマートフォンの使用について、とても冷静かつ客観的に評価できていることにも感心しました。
 今回の作文では、自分の考えていること、感じていることについて、とても客観的に書き出すことができたと思います。

塾長

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2016年10月08日

機械の名

REI(小5)

 それはBOOKOFFのうらのうす暗い路地に、八台ほどまとまって立っていた。
 その機械は、缶、ペットボトル等のコーヒーからジュース、時にはお菓子なんかも売っている。
 その機械の色と形は、直方体で、私より背が高く、色は青色と白色だった。
 その機械でものを買う人は、どれを買おうかと迷ったり、あらかじめ決めておいて買ったりと、さまざまだ。

 買った後、その飲み物を飲む人は、
「あぁ〜。」
 とか、
「ふぅ〜。」
 とかと言っている。周りにはゴミなんかがよく落ちていて、少し汚いが、買って飲んでいる人はなんか幸せそうだ。
 さあ、人を幸せにできるそんな機械とはなんでしょう。




 今回は、教室近くのある場所に複数台で並んで立っている自動販売機を描写するというのが課題でした。ただし自動販売機という言葉は文章中で使ってはいけないという条件をつけました。
 REIさんは自動販売機を描写するにあたり、その形や大きさはもちろんのこと、そこに来る人々の様子に目をつけたのがとても良かったと思います。自動販売機がどういうものかと考え、単に『何かを人に代わって自動で販売するもの』ではなく、『人を幸せにできる機械』として描写したところに工夫やオリジナリティを感じられました。

塾長



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2016年10月01日

散歩の楽しさ

KOJIN(小5)

 ドアを開けるとまだ六時ごろなのにとても暗かった。階段に行くとレオが
「ステーキのにおいがする」
 と言ってきた。けれどぼくは鼻がつまっていたので
「何もにおわないよ。」
 と言った。

 道に出ると車がたくさん走っていてうるさかった。そんな事を思っているうちに公園についた。
 公園ではすべり台で変な登り方をしていたら自由時間が過ぎた。
 その後アイスを買った。このアイスはすごく冷たく感じた。なぜなら今日は季節に合わないほどむし暑かったからだ。今日のアイスはガリガリ君レモンスカッシュ味だったがレモネードの味がした。ぼくは、アイスを最近食べていなかったので食べることができてよかったと思った。

 ぼくは何週間も散歩ができていなかったので久しぶりの散歩にテンションが上がっていたけれど、途中で雨なども降ったのは残念だった。次の散歩はいつだろうなと思いながらドアを開けた。



まずは『まだ六時ごろなのにとても暗かった』と書くことで季節感を出しています。日が暮れるのがどんどん早くなってくるこの時期の夕方の雰囲気が伝わりますね。また『ドアを開けると〜』で始まり、『〜ドアを開けた』で終わるというところにKOJIN君のこだわりと工夫を感じました。まだ書き始めて長くないKOJIN君ですが、よく考えて書いてくれているのだなぁと嬉しくなります。

塾長


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2016年09月24日

友達とゲームざんまい!

REO(小5)

 「こんにちはー!」
 下で友達の声がした。ぼくは急いで家の階段を降りた。今日は、ぼくの親友がひさしぶりに家にとまりにくる日だ。ぼくは、この日をわくわくして待っていた。
 ぼくは友達をすぐに家にあがらせ、最初からいっきに遊んだ。カードゲームをしたりテレビを見たり、いろいろな遊びをやった。
 次に外へ出てボウリングをした。最初はぼくが有利だったけど、だんだん友達がこつをつかんできて、三回も負けた。
「悔しいー。」
 ぼくはつかれてあくびをした。

 それからぼくたちは、家に帰ってひたすらゲームをしまくった。パソコンでゲームの攻りゃく法も見た。
 ぼくらがやったゲームはゲームのプログラムを相手にバトルするものだ。ぼくたちは交代交代でプレイする。ぼくがゲームをしている間、友達はぼけーっと横で見ていた。でも友達がやっている時は、ぼくは相手の弱点を教えたり、相手の好物を教えたり、アドバイスをしていた。こうしてまたひたすらゲームをした。

 「ごはんよー。」
 とお母さんの声がした。もう少しやりたかったけど、しかたなくぼくたちはゲームをやめた。ごはんはカレーだ。ぼくたちはカレーをばくばく食べまくった。
「いっそげー。」
 ぼくたちは、ずっと見たいテレビがあった。だから僕たちは急いでいた。早くテレビをつけて、遅れていないか確認した。
「まにあったー。」
 とぼくたちは言い、テレビを見た。
「楽しかったー。」
 と言ってテレビを見終わるとお風呂に入った。

 ふとんをしいてもらいそこにねころがった。そしてまたゲームをした。まだ見たいテレビがあるのであるのでまたテレビを見た。でもそれは意外と長かった。だからもう見るのをやめ、こりずにゲームした。最後はもう眠たくなったのでねた。
 ぼくは今日やったゲームのことを思った。友達がいてゲームをやって、一人でゲームをするよりよっぽど楽しさがあるんだと思った。



『ゲームをして、テレビを見た』ことばかりが、ひたすら書いてあるのですが、主人公がそれを全力で楽しんでいる勢いのようなものが伝わってきて、ちょっと微笑ましくなりました。例えば親友が家に来るなり「最初からいっきに遊んだ。」という表現は主人公の喜びや楽しんでいる気持ちの大きさを感じます。そして最後には「友達がいてゲームをやって、一人でゲームをするよりよっぽど楽しさがあるんだと思った。」という気づきがあり、ゲームをやることからも子どもたちは何かを掴み取っているのかと感心させられました。この最後の一文がなければ、ゲームばかりしてないで!と言いたくなるところでしたが(笑)

塾長


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2016年09月09日

緊張したナイスバランス

MANA(小5)

 ドキドキ、ドキドキと緊張していた。次の競技は、五年生のナイスバランスだ。私は入場門でリムという道具を持ってトップバッターの子の次に並んでいた。ついに前の競技が終わってしまった。私は、
「きんちょうする、きんちょうする!」
 と一人でずっと唱えるように言っていた。

 かけ足行進曲が流れ、トップバッターの子を先頭にして後にみんなが続いた。
 スタートラインについた。深呼吸をする。
「位置について、用意、パン!」
 ピストルの音と同時にトップバッターの子がいっせいにスタートした。
 トップバッターの子がリムを動かしてコーンを回ってきた。すぐに私の番はきてしまった。
 私は勢いよく走り出した。すると、自分でも感じる変化に気付いた。練習の時は何回も失敗していた自分が、真っ直ぐ、速く走れる!とてもうれしく、笑顔で走った。コーンを回ってひたすら走り続ける。
「集中、集中!」
 と、頭に叩き込むように繰り返した。私はひたすら走り続ける。
「カラララーン。」
 と、ゴール寸前で勢いよくリムが転がってしまった。でも、すぐにリムを取って走る。ゴールして次の子にバトンタッチした。すぐに列の後ろに並んで、後ろの子たちを応援した。
「がんばれー!」 
 運動場に私の声とみんなの必死になった声が響いた。



 夏前に書いてもらった運動会の作文です。
 競技前の緊張から始まり、どんどん競技に集中していく主人公の様子がまっすぐ伝わってきます。読んでいて主人公のすぐ近くで見ているような気分になりました。
 自分の番になって走り出した時、練習中にはなかった感覚を覚え、主人公が喜びを感じながら走る場面は実際に経験したからこそ書ける内容で、こういう瞬間を見つけて書くことができたことに感心しました。また最後も『楽しかった』や『うまくできてよかった』などで終わらず、その場の情景を書くことで余韻を残しつつ、子ども達が真剣に競技に向かっている様子を描くことができました。

塾長

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2016年09月07日

夏が終わる瞬間。

HARUNO(中3)

 テニスコートに上がると、蝉が一匹ひっくり返っているのが見えた。
「うわっ!うえぇぇぇ……。」
 目の前にいるのに気が付かなかった友人が、飛び上がった。私も蝉が苦手だ。あのミーンミーンという大音量で永遠と続く鳴き声を聞いていると、なぜか無性にイライラする。
 
 部活が始まった。私はこの夏、更にテニスが好きになった。今は何をするよりもボールを打っている時間が楽しいし、好きだ。上手く打てなくて焦って、モヤモヤしている自分が嫌いになることもあるけれど、それ以上に上手くプレイできた時の喜びが大きい。沢山の失敗があるからこそ、たまにある成功が嬉しい。

 部活をしばらくやっていると、ゴロゴロと雷の音が聞こえてきた。でも先輩達は部活を中断しなかった。私達はボールを打ち続けた。空は厚い入道雲に覆われていて曇っている。  
この頃、急に天気が変わることが多い。晴天でジリジリとした暑さが長く続くことが少なくなった。
 合宿暑かったなぁ……。四日間暑くて、疲れたけど、本当に楽しかった。テニスが思う存分楽しめた頃を思い出すと、もう一回行きたくなる。中学最後の合宿が終わり、もう「先輩!先輩!」と言う回数が減るのだと思うと本当に悲しくなる。

 いつの間にか、雷は鳴り終わり、少し太陽が顔を出した。気付けば夏休み最後の部活だし、宿題は終わっていない。もう、登校日までは宿題しか待っていないと思うと、辛くなる。

 部活の反省が始まった。反省の途中、校舎に何回も当たりながらも強く鳴いている蝉を一匹見つけた。ずっと見つめていると、もう死んじゃうのかな…と思って悲しくなった。少しすると、その蝉の声が聞こえなくなった。その途端、私の夏も終わった気がした。



 夏休みの最後の部活動の日、筆者はこの夏を振り返ります。ひと夏を超え、テニスの楽しさや部活の時間の大切さに改めて気づき、過ぎていく夏を惜しむうちに、これまでは苦手としか思わなかった蝉の死に対する感じ方にも変化が見られるようです。命の儚さを感じ、移ろいゆく時の流れに心が動くようになるのも大人への成長なのでしょう。夏が終わると感じた瞬間を捉えた最後の段落、見事でした。

塾長

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2016年07月16日

七夕とアイス

KOHAKU(中1)

 ドアを開けると暑かった。
「もう七夕だぁー!」
 一年に一回しか会えないなんて、すごく悲しい。今年は久々に晴れていて、とても暑かった。織姫と彦星は嬉しいと思う。
 ローソンに入った。少しびっくりした。先生がガリガリ君を買ってくれた。今日二回目のアイスだ。今日は幸せだ。
「ガリガリ君が当たりますように。」
 心の中で願っていた。でも当たらなかった。当たっていたら、三回もアイスが食べられたのに。
 途中、お店の前に短冊がかかげてあった。見てみると、好きな人に会えますようになど、色んな色の紙で書いてあった。天の川では二人が会えているいいな。
 日本の東京が今日も平和でよかった。緑道ではおばさんが逹がおしゃべりしていた。一人で空を眺めているおじさんもいた。こんなゆっくりできるなんて、やっぱり東京は平和だな。



七夕の夜にガリガリ君が当たることを願っている無邪気さが、今の東京の平和を表しているようで、ほっこりします。緑道のおばさんのおしゃべりも、空を見上げるおじさんも、同様に平和を見事に表現していると思います。素直で明るい文章の中に、的確な観察眼を感じました。毎年このような七夕が送れるとよいですね。こんなご時世なので、余計に心に響く作文でした。

塾長

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2016年07月15日

雨もいい

ANNA.N(小5)

 その日の朝、私は友達と二人で黄色い傘をさしながらトボトボと学校へ続く道を歩いていた。
 雨の日はきらいだ、と友達は言う。学校のろう下ですべるし、ミミズが大量発生するし、すぐぬれるし、外では遊べないし、プールや行事もできないからだそうだ。
「ねえ、今日も運動会えんきかな?」
 友達が私にきいてきた。
「うん、さすがにこの天気ならえんきじゃない?」
 私は答える。
 そう、今年は運動会が雨のせいで何回もえんきになっていた。
「あーあ!雨の日なんて大っきらいだ!」
 そうかな?私は心の中で思った。雨の日だからこそできる事もあるんじゃないかな?
 友達と教室に入っていってしばらくすると、チャイムが鳴って、先生が入ってきた。
「先生、今日もえんきですか?」
 クラスメイトが先生にきく。
「はい……。」
 先生は少し悲しそうに答えた。みんなは、
「えーー!」
 と口々に文句を言っている。
「またか……。」
 みんなはそう思っていたが、私はちがった。
「いいじゃん、作戦会議できるし、練習もできるし。」
 そう思いっていた。
 私は晴れより雨の方が好きだ。雨の中、水たまりでピシャピシャするのは楽しいし、雨のひんやりとした冷たさはとても気持ちがいい。それに私たちが飲んでいる水も元は雨だし、植物や動物も水が無いと生きていけない。
 十分休みになって、ベランダへ出ると、ナメクジが水たまりでおぼれていた。私が助けてあげると、ナメクジは「ありがとう。」と言うようにさくをのぼっていった。
 私は、少し心が温まるのを感じた。




周りが「雨はきらい!」と言っている時に、一人少し違う視点でものごとを見ている様子がよく伝わってきます。雨の大切さに気づいているのも素晴らしいですが、何よりも、周りに流されずに自分で物事を捉え、考えている姿勢が素敵だなと思いました。皆が嫌がるものの中にも良さを見つけて、雨でさえ楽しんでしまう主人公は魅力的です。ナメクジを触れることに少々驚きつつ、風の谷のナウシカを思い出しました。


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2016年07月14日

七夕の「かもしれない」

YURIKA(中1)

 階段を下りると、工事中の店があったり、電気がついたり消えたりしている建物もあった。今日は七夕だというのに今のところ特に変わった様子もない。
 イヤホンを耳につけて一人で歩いている男の人、ベビーカーを押して歩いている女の人、自転車に乗ろうとチャレンジしている男の子……。ぱっと見では変化は分からないけれど、もしかしたらその人にとって特別なことがあったのかもしれないし、これからあるのかもしれない。
 男の人が聞いている曲は、何か特別な曲かもしれないし、ベビーカーに乗っている子どもは今日が誕生日かもしれない。もしかしたら男の子も自転車に今日乗れるようになるかもしれない。
 今のことはあくまでも想像だけれど、百パーセントまちがっているとも言い切れない。だから、こうして普通に街を歩いているだけで幸せなことだと思う。




 ベビーカーに座る子どもは今日が誕生日かもしれない!と思った途端に、文中の風景に色がついたように感じました。そしてなんだか嬉しい気分になりました。YURIKAさんが、平凡な風景の中から特別なものを見つけようとしてくれたこと、それらを見つけて文章にしてくれたことが嬉しかったからです。
 YURIKAさんには、他の人達と同じ景色を見ながら、他の人に見えないものを見る力があるようです。その想像力は退屈な時間を特別なものに変え、特別ではない日々を幸せな日々に変えてくれるかもしれませんね。


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2016年07月13日

A DREAM

TAKUYA(中3)

 工事うるさい。外暑い。歩くのだるい。人多くてうざい。いらいらする、いらいらする。
 ただでさえこんなにストレスフルな社会なのに、学校、塾……。なんて人生だ、とつくづく思う。もう今にもパンクしそうだ。
 なんたって運命はいたずら者だ。学校の席はうるさい奴と、担任は嫌味、嫌なことを話し始めたら千一夜あっても足りない。
 浮世の嫌なことを忘れるために走りに行ったのに、その帰りにはもう嫌なことを考えている。そんな時、ふと幼稚園の前に飾られてある短冊に目が止まった。
「ウルトラマンになれますように。」
「動物と話せますように。」
 荒唐無稽とは思ったが、心が少しだけ和んだ。誰もネガティブなことは書いていない。その素直さがきっとそうさせるのだろう。
 私も願いを考えることにした。
 きっと嫌なことばかり起こる人生じゃない。
 神様、願わくば、私の夢を叶えてください。



七夕の夜に散歩をして、感じたことを書いてもらいました。受験を控えた中三らしくストレスを抱えた現状を吐露する一方で、幼稚園児が書いた短冊を見て自分も何か願い事をと思うあたり、筆者自身が持つ素直な一面も表現されていてほっとします。また、上手いなぁと感心したのは、ストレス解消のために走りに行った帰りにはもう嫌なことを考えているという一文。自分の気持ちの動きを良く捉えていますね。僕もそんなことが良くあります。共感しつつ感心しました。


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2016年06月08日

「夏の不思議なでき事」/「カッパの楽園の一大事」

KEITA(小5)
第1章「夏の不思議なでき事」

 ある年の夏。小学五年生の一学期を終えたユウキが学校の帰りに近くの熊野寺神社に友達のワタルといっしょに遊びに行った。そこで神様の祭られている本殿でいっぱい遊んで、顔がきたなくなって手水に向かった。二人は手水に直接顔をつけた。だがその手水は特別なもので、二人が顔を上げた時には目の前にカッパがいた。そのカッパがユウキとワタルの手を取り、手水の中に引きずり込んだ。
 そうしたら二人は知らない変な池がいっぱいある空間に来てしまっていた。

「ここどこ?」
 とユウキはカッパに聞いた。するとカッパが
「ここはカッパの楽園だ。お前たちが神様の祭られている目の前で遊んでいたから罰を与える。」
「罰って?」
 とワタルがカッパに聞いた。
「水の中に一時間いる罰だ。」
「そんなの死んじゃうじゃん。」
 ユウキがカッパに言った。カッパが
「だったらカッパの楽園で十日間ずっと食事ぬきで働くかどっちかだ。」
 と言った。ワタルが
「そっちも死ぬじゃん。」
 と言った。
「あと一時間で罰を与える。それまでにどっちか選んどけ。」
 カッパはそう言ってろうやを去った。
 十分後。
「ねぇユウキ。」
「なにワタル。」
「罰を与えられたら死んじゃうからここを逃げない?」
「うん。そうしよう。」
 ユウキがそう言って、二人はろうやから逃げることにした。
 十五分後。
「ワタル、やっと床板をはずせたよ。」
「ナイス!」
 二人は床板をはずしてその下を通って逃げるつもりだ。二人は床下をほふく前進で進んだ。
 しばらく進んで外に出ると池がいくつも広がっていた。そこにはカッパがいっぱいいた。そんな所に一人の四年生くらいの少年がいて、近づいてきた。
「お兄ちゃん達名前は?」
「オレがユウキ。でこっちがワタル。お前は?」
「ぼくはソウタ。」
 小さな少年のソウタがそう言った。
「お前はここで何やってんの?」
 とワタルがソウタに聞いた。
「ぼくは手水で自分の顔をのぞいたら落ちてここに迷いこんじゃったの。」
「なぁ、お前ここからの出口知ってる?」
 とワタルがソウタに聞いた。
「知ってるよ!」
「じゃあ教えてくれよ。」
 とユウキが聞いた。
「いいよ。左から四番目の熊池の水の中を入っていって深い所に門がある。その門を開けて通れば熊野寺神社の手水に出られる。だが門に門番が三パいる。(パはカッパのいる数の単位)カッパを倒すにはそこら辺に生えているキュウリを行きたい方向と違う方向に投げればいい。」
「ありがとう。」
 ユウキが言った。ワタルが
「ソウタはいっしょに逃げないの?」
 と聞くと
「他にもカッパの楽園に迷い込む人を、あっちの世界に返さないといけないから。」
「うん。わかった。バイバイ。」
 ユウキはそう言って生えているキュウリをとって熊池に向かった。そこには深い池があった。他の犬池、猫池、猿池、鹿池は浅く池の底が見えるのに熊池は池の底が全然見えない。
「行こう。」
 ユウキが言って二人はもぐっていった。下にもぐって三十メートルぐらいしたら底が見えた。そこで門をさがすと門があった。そこにはカッパが五パいた。いつもより多かった。今持っているキュウリは四本。ワタルがキュウリを二本右に投げた。ユウキも右に二本キュウリを投げた。すると五パのカッパが投げた方に向かって泳いでいった。そこでワタルとユウキは門を開けた。そして熊野寺神社の手水に帰ってきた。
「帰ってきたんだ。」
「うん。」
 と言って二人は喜んだ。


第二章「カッパの楽園の一大事」

 「なんだあの二人の人間は。神社で遊んで手水で顔洗おうとしているぞ。」
 と熊野寺神社派のカッパのボスが手下に言っている。
「あの人間たちは自分がやっていることを分かっていない。ちょっとこらしめてやれ。」
「わかりました。」
 と手下が言って熊池に向かった。そして熊池の門番に
「人間二人をカッパの楽園に連れてきて、街の中心にある人間刑務所の一階の二号室にいれておけ。」
 と言って足早に去っていった。
 門番はユウキとワタルを二号室に連れて行ってボスカッパに伝えた。ボスカッパが二人に
「罰を与える。一つは水の中に一時間いるか、もう一つは十日間食事ぬきで働くかだ。一時間後に来るから良く考えておけ。」
 そう言い終わると大好物のキュウリを食べに一時間休憩に出かけた。
 一時間後、ボスカッパはいつも自然を破壊する人間を捕まえて、どのような罰にするか楽しみに考えながら手下と歩いていた。ところが二号室を見た瞬間驚いて倒れてしまった。なぜならそこにいるはずの人間二人がマジックのように消えていたからだ。ボズカッパは
「あのものすごく悪い人間を捕まえろ。絶対に逃がすな。」
 と言った。手下はあわてて指令室に向かって行った。ボスカッパはあせっていた。人間ならすぐに捕まえられるが、前に逃したここを知り尽くす人間に会ってしまうと見つけることができなくなってしまうからだ。自らも探したが出てこない。また悪い人間を逃したかと思い、非常に悔しかった。すると手下に
「門の中に入られてしまいました。あっちの世界に行くと見つけ出すのは不可能です。」
 と言われてもっと悔しくなった。これからはパトロールを一日一回三十分やろうと決めた。
「次は悪い人間を絶対に逃がすな。ここにいる一人も見つけ出せ。」
 ボスカッパは、発展のために自然を壊し、好き勝手に生きている人間が許せなかった。だから次の人間は絶対にこらしめるというより強い気持ちが心の底にあった。だからよりいっそう人間に対する警戒心が強いのかもしれない。



 今回紹介した作品は一つの出来事を二つの立場から書いた創作です。初めに紹介した「夏の不思議なでき事」は人間の側から書いたもので、当初はこの人間側から書いた物語で終わる予定でした。ところがKEITA君が作品完成の締め切り前に早々に書き終えてしまったので、実験的にかっぱの側から書くことをお願いしました。その時に書かれたのが「カッパの楽園の一大事」です。ひとつの出来事も立場が変われば、その見方も善悪の評価も大きく変わることを知って欲しかったのですが、見事にそのことを理解した上で書いてくれました。世界には多くの対立が続いています。私たちの日常においても同様です。子ども達には、物事をいろんな角度から捉え、想像力を働かせることができるようになってほしいと考えながら接しています。まだ小学五年生のKEITA君はそろそろその準備ができ始めているようで頼もしく思いました。

塾長


posted by 塾長 at 13:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作文紹介
プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。