2016年02月01日

一度しかない時を大切に生きる

MAYO(高1)

 小学校の勉強きらいなんだって?
 ベトナムの部落の人たちは、毎日この丸太橋を渡って、水汲みにも行くし、町にも行く。子どもたちだってこの橋を渡らなければ学校にも行かれないんだよ。
 この絵はがき、君にあげるよ。


 こんな文章といっしょに一枚の絵はがきと四枚ほどの手紙が机のひきだしの中から出てきた。

 まず絵はがきの話をしよう。絵はがきは二年前に亡くなったベトナムのおじさんに小学生の頃にもらったものだった。この絵はがきを初めて見た僕は、おそらく『ベトナムの人は大変だな。』くらいにしか思っていなかっただろう。しかし、高一になった今、再び絵はがきを見てみると、色々なことが感じられる。今年、僕は無事に中学を卒業して高校生になった。日本ならば普通のことだろう。しかし、ベトナムでは家の仕事などで学校に行けない子どもがたくさんいる。それに比べて何もしなくても小学校に通い、中学に通って、高校に行けるのはとても幸せなことなのだ。だから学校がめんどうくさいなどと言って学校をさぼったりするのは、学校に行けない子どもたちを馬鹿にしているのと同じことなのだ。僕が思うにおじさんは絵はがきをくれた時に『君は学校に行けて幸せなんだよ。』ということを言っていたのだと思う。

 次に手紙の話だ。絵はがきといっしょに出てきた手紙は、おじさんが亡くなる一年前(僕が中一になった年)に送られてきたものだった。この手紙を読むのは確か二回目だった。『今年も新年を迎えてもう二ヶ月もたちました。』という書き出しで手紙は始まっていた。まるで遅れてきた年賀状みたいだった。しかし、後の文章には不思議なことが書かれていた。それは『おじさんは人にはあまりおめでとうとは言わないんだよ。』と書いてあった。その理由は手紙の三枚目と四枚目に書いてあった。

 世間の人はお正月や入学式などによく(おめでとう)と言う。しかし、ほとんどの人はそういうシキタリだから言っているにすぎない。例えば正月は何がおめでたくて(おめでとう)と言うのか、僕も手紙を読むまでは知らなかった。正月のおめでとうは、「自分のこれまでの人生には嬉しいこともあったけど、悲しいこともたくさんあった。今日から始まる一年が、嬉しいこと、楽しいことのたくさんある一年になってほしい」という意味がある。僕以外にも知らなかった人は多いのではないか。

 おじさんが僕に中学校入学時におめでとうと言わなかった理由は、中学が義務教育だからだ。しかし、中学を卒業したら義務教育は終わり、高校に進むか就職するかは親と自分の問題になる。おじさんは僕に、中学から高校に行くか行かないかが僕の人生で初めての分かれ道になるだろうと言っていた。おじさんは僕に高校に行けとは言わなかった。自分の道は自分で選ぶのだ、と言いたかったのだろう。そして僕は高校へ行くことを決めた。

 最終的におじさんが言いたかったのは、一人の子供が少しずつ大きくなって大人になり自分の道を自分で決めるのはとても大変で、今の自分がそうであったということだ。だからおじさんは僕に簡単におめでとうと言えなかったのだろう。分かりやすく言えば、これからが大変な人におめでとうとは言わないのと同じだろう。

 手紙はピッタリ四枚で完結していた。手紙をもらった頃の自分はまさかおじさんが次の年に死ぬなんて思ってもいなかっただろう。今度戻ってきたら、また将棋をやろうと思っていた。おじさんから日本に届いた最後のメールには、


 今年は、五月か六月に帰国しようと思っています。MAYO君とRANちゃんへ。今度いつか日本で会うときは、二人がどんなふうに変わっているか今から楽しみです。


 と書いてあった。そのメールを書いてわずか十五日後、おじさんは自宅で倒れ入院、二月七日に永眠した。

 おじさんが亡くなってから数ヶ月がたった頃、親戚の人たちでおじさんへの追悼文を書いた。僕も書いた。また、あの長い手紙もそこに載せられた。しかし、僕がおじさんに書いた文章はたったの三行だった。数える程しか会っていない僕に毎年のように長い手紙をくれたおじさんに、たったの三行しか書けなかった。自分に関係のある人がこの世を去っていったのは三度目だった。しかし、初めの二度は自分が幼く、まだ人が死ぬことについてよく分かっていなかった。十三歳になって初めて人が死ぬということを知った。だから自分は驚いていたのかもしれない。しかし今の僕ならもっと書けるだろう。

 もし今もおじさんがいたならば、社会人に一歩近づいた自分を見てもらいたかった。そしていつかおじさんに、「おめでとう」と言わせたかった。


 義春おじさんへ

 もうおじさんが亡くなって二年もたちました。僕は無事に高校に進学しました。おじさんの言っていた人生最初の分かれ道を過ぎ、二つ目の分かれ道に向かっています。おそらく次の分かれ道は大学に行くか高卒になるかでしょう。自分としては、高専に入ったからには、五年間学校に行って良い仕事に就こうと思っています。それと、おじさんの作っていた日越辞書が届きました。でも、おじさんはこの辞書が完成する前に死んでしまったのでとても残念でもあります。もしも生きていたら、ベトナム語の読み方くらいは教わりたかったです。

 最後に、短い間でしたがありがとうございました。おじさんのおかげで僕はこれからどのように生きていけば良いかが見えました。一度しかない時を大切に生きようと思います。        




ちょっとブログで紹介するには長いかもしれません。でも、あまりに素敵なので紹介しちゃいました。書いてくれたMAYO君は高校一年生の男子です。この作文は彼が当塾で書いてくれた最後の作文、いわば卒業作文です。やんちゃで可愛らしい小学生だった彼が、この歳になるまで通ってくれたこと、こんなにも心に響く本音の言葉を照れることなく書いてくれたことに感謝しつつ、その成長を嬉しく思います。
作文は亡くなられたおじさんの手紙をたどる形で彼の成長を著したものです。彼のことを知っている人と知らない人ではそれぞれ感じ方は違うでしょうが、高校一年生の男子が書くまっすぐな言葉をお読みいただき、何か感じていただければ嬉しく思います。
MAYO君、これまでお疲れ様、どうもありがとう!これからが本当の勝負ですね。応援してます!

塾長

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2016年01月07日

ミルクティーで考える

HARUNO(中二)

 十二月二十五日、クリスマス真っ只中の今、わたしはカフェの二階で作文を書いている。華やかな街のイルミネーションと対照的に、店内は静かに過ごしている一人の客が多い。クリスマスだから、浮かれているカップルが席を占領しているのかと思ったが、そんなことはなかった。四人分の席が、簡単に見つかった。びっくりだ。

 店内をさらに見渡してみると、ひたすらパソコンをカタカタと打ち込んでいる人やスマホとにらめっこしている人、美味しそうなパンを無表情で食べている人……。実に色んな人がいた。これまでの私のクリスマスの夜のイメージは、みんな早く自分の家に帰り、友達や家族とたくさんのご馳走を囲んでワイワイとパーティするといったような楽しく賑やかなものだった。でも、この店内は違う。私にとって、謎の多過ぎる空間だ。本当に。

 ミルクティーを半分飲み終えた。ここで、もう半分しかない、と悲しむか、あと半分もある、と嬉しく思うかでポジティブなのかネガティブなのか大体分かるという話を思い出した。私は、もう半分しかない……と考えるタイプだ。でも、これでネガティブだ、と言われたら私は全力で否定したい。そんなことない、と。

 ミルクティーの三分の二を飲み終えた。周りを見渡すのは三回目。クリスマスなのに、上司とコーヒーを飲みながら、頭をペコペコ下げている人。可哀想だな、早く帰らせてあげてよ、心の中で思った。先生の隣に座って勉強している女の子。きょうぐらい家でゆっくりすれば良いのに。大変だな、受験生なのかな。色んなことが頭の中で連想される。そんな感じで、店内には私よりも“大変そうな人”が沢山いた。こんな、幸せなクリスマスを送れていることも神様からのクリスマスプレゼントだ。心がポカポカ温かい。みんながみんな、自分のような賑やかで楽しいクリスマスを送っているわけじゃないんだ、と思い、今日に感謝した。これから先、どんなクリスマスを過ごすか分からないけど、この日ぐらい神様に感謝しようと思った。





 クリスマス当日のように極端に生徒数が少ない場合、ごく稀に喫茶店で作文を書いてみることがあります。いつもとちがう場所で書く作文は、脳にとても心地よい刺激を与えてくれて、良いものが書ける場合が多いのです。
ここに紹介したHARUNOさんの作文もリラックスした気分の中、ミルクティを飲み進むに連れて、周囲の人達に対する理解が深まり、気持ちが変化していく過程が良く書かれていて、いつもと一味違うエッセイとなりました。初めは、自分の予想と異なる店内に驚くばかりでしたが、しだいに同じ空間に居ても様々な事情を抱える人がいることに気づき始め、後半では他人に対する優しい気持ちが芽生え、自分が幸せであることを実感していきます。周囲を眺め、観察し、他と自分を比べることで自分を客観的に見ることができました。
 ちなみに僕も、もう半分しかないと考えるタイプです。もう半分しかないからこそ、大切に味わおうと思うので、これはこれで良いのかなぁ。人生や時間に対する場合も同じですね。人生の半分以上を使ってしまったと思われる僕にとっては、心にしみる挿話でした。

塾長

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2015年12月24日

サンタさんへ

REO(小4)

 サンタさん、いつもありがとうございます。ぼくが小さいころにおもちゃをくれて。
 そんなサンタさんへお願いがあります。この世界で食べ物に困っている人たちに食べ物をプレゼントしてください。そうすれば、困っている人たちも生きていけて、いっぱいの命が生まれることができるからです。どうか食べ物をプレゼントしてください。




今世界に何が必要か?それを子どもたちに質問すると、ほとんどの場合、正しい答えが返ってきます。授業で「世界の子どもたちのために、サンタさんに手紙を書いて!」という課題を出した場合も同様です。誰一人として、敵を倒すための武器が必要とは書きません。衣食住や安全な生活、教育などの必要性について書く子どもが圧倒的に多いのです。人はいつから間違えてしまうのでしょうか。我々は今少し、子どもたちの声に注意深く耳を傾けるべきなのかもしれません。

塾長


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2015年12月23日

サンタさんへ

REI(小4)

 えんぴつやノートをもらえない、買えないこどもたちに、えんぴつやノートを届けてあげてください。なぜなら、勉強に必要なえんぴつとノートがなく、土に書いている子もいるからです。また、ノートやえんぴつが少ししかなくて、みんなでまわして使っているところもあります。そんな子が一人一人ちゃんと勉強できるようにノートとえんぴつがない子に届けてください。
 サンタさんもクリスマスはいそがしいけど、正月は体を休めて、来年もまた元気に来てください。




 日本の小学生を見ていると、勉強の機会は嫌でも与えられるものであり、自ら進んで喜んで勉強している印象はありません。むしろ勉強はしなくてはならないものだからしているという印象です。それでも、勉強が子どもに必要だということはちゃんと知っているところにほっとし、感心しました。世界中の子どもたちが、日本と同じくらい勉強できる環境が整ったとしたら、その頃には世界が平和になっているかもしれませんね。この作文を読んでいて、そんなことを考えさせられました。

塾長


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サンタさんへ

RIO(小5)

 戦争している国の子どもたちや色々な国の貧しい子どもたちのために、飛行機の券と水とお金と家をあげてください。
 戦争している国の子どもたちが、ちがう国に行ってのびのびと暮らせるように。また色々な国の貧しい子どもたちが、家で楽しく過ごして学校にも行けるように。そして、できるだけ多くの人たちを幸せにしてください。
 サンタさんも体をこわさないようにしてください。これからも、色々な国の子どもたちにプレゼントを届けてください。



大人の過ちを、まだ子どもであるRIOさんが止めたいと感じていることにドキッとしました。サンタさんに頼るまでもなく、まず大人が戦争をやめなくてはならないのに。結局、いつも一番の被害者は子どもたちなのですね。
RIOさんのストレートで絶対的に正しい発想に感動します。誰かさんや自分の都合、利害関係やらに縛られて、大人になると言うのが難しいことをズバッと言ってくれる子どもは天才です。RIOさんの優しくて真っ直ぐな気持ちが、サンタさんだけでなく、世界の大人に届きますように。

塾長

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2015年10月28日

雷のきょうふ

JUN(小5)

 ぼくは学校にいるときに、
「ガラガラガッシャーン。」
 といって雷がどこかに落ちてから、あまり電気の物を雷の時には使わないで、部屋のすみっこで雷が落ちてこないことだけを願ってしゃがんでいる。

 ある日、夕ごはんの前に、テレビを見ていたら急に電気が
「パッ。」
 と消えて
「うわーなんだー。」
 とぼくが言うとまわりがまっ暗だった。すぐにかいちゅう電灯を探して、早速つけてみても電池がなくて、光が出てこなかった。
「くっそぉー。」
 と言いながらかいちゅう電灯なしで、しぶしぶ三階に行って、電気のレバーを上げようとした瞬間に
「ガラガラガラーン。」
 と部屋中に雷の音が鳴り響いた。
「ひいー。」
 とぼくは、その場にくずれ落ちた。のんきな声でお兄ちゃんが、
「どうしたー大丈夫かぁー。」
 と二階から呼びかけてきた。ぼくはなんとか立ち上がり、電気のレバーを上に上げた。

 それから、雷の時はかいちゅう電灯を常に用意することにしている。




今年の秋は、台風や地震などの災害を含め怖いと思うニュースが多かったことから、「私のいちばん怖いもの」について書いてもらいました。

この作文は筆者JUN君の恐怖があまりにも素直に上手に表現されているので、本人には申し訳ないのですが、子供らしい可愛らしさを感じてしまい、微笑ましく思いながら読ませてもらいました。
たよりの懐中電灯の電池が切れていたり、ブレーカーのレバーを上げようとしたところで雷が鳴ったりと話の進め方も上手ですし、びびりまくっているJUN君と落ち着き払っているお兄ちゃんとの対比も面白いです。そして何より、雷の時は「部屋のすみっこで雷が落ちてこないことだけを願ってしゃがんでいる」という姿を想像した時、多くの方がこの主人公を愛さずにはいられなくなるのではないでしょうか。とても素直に自分を書くことができた作文でした。

塾長

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2015年10月17日

長い喧嘩

IBUKI(中1)

「ふざけんな!」
 ぼくが友達の◯◯君に怒鳴った。そうしたらその◯◯君も
「ふざけんな!」
 そしてぼくがムカついて
「お前が悪いんだろ。」
 と言ったら、◯◯君が叩いてきた。そしてぼくも叩いて叩き合いか引っ掻き合いが始まった。まず叩いたり、ビンタをしたり、蹴ったりした。途中でぼくが誤って◯◯君の目を引っ掻いて血を出させてしまった。だが◯◯君も仕返しとしてぼくの頬をグーでパンチした。そうしたらその乱闘中に□□君が
「二人とも喧嘩はそれくらいにしろよ。」
 と言い、ぼくと◯◯君が同時に泣き始めた。すると、
「二人とも何があったんですか。」
 先生が来た。僕達はずっと泣いていたので、その事は□□君が先生に全部話してくれた。

 その後ぼくと◯◯君は教卓で事情聴取された。
「何故こんな事になったんですか。」 
 先生がぼく達に聞いてきた。そうしたら
「こいつが悪いんです。」
 ◯◯君が言ってきた。ぼくも
「いやこいつが悪い。」
 と言い始めてまた言い合いが始まった。そうするとまた□□君が
「やめろよお前ら。」 
 と大声で言った。ぼく達はまた静かになった。だがまた小声で
「お前が悪いのになんで俺が怒られないといけないんだし。」
 と言い出したとたん
「だってお前が消しゴム取ったから悪いんだろ。」
「だって返すこと忘れてたんだもん。」
 また叩き合いや言い合いが始まった。また□□君が
「何回喧嘩するんだよ。」 
 と言った。だがぼくらは□□君に
「うるさい!□□君関係ないんだから話に入ってこないで!」
 と言ったら、□□君も
「ぼくは君たちを仲直りさせようとしてるだけなのに、なんで君たちに怒られないといけないんだよ!」
 と言ってきて三人で言い争いが始まった。
 そうしたら先生が
「三人とも静かにしなさい。もう授業は始まっているんですよ。」
 気付くともう一時間以上言い合っていた。
 ぼく達は少しずつ落ち着いてきて三人でいっしょに
「ふー。」
 と深呼吸をした。ぼく達は少しずつ落ち着いてきた。すると先生が
「今回の事は各家庭に電話します。」
 と言って三人とも校長室へ連れて行かれた。

 そして先生が隣の職員室から皆の家に電話して全ての家庭に今どんなことが原因でどんなことがあったか話していた。僕達はその間も小さな声でぶつぶつと自分の思っていることを言っていた。
「あいつが消しゴム取って、俺が少し怒っただけで、あいつが逆切れしてきたのに、なんで俺まで怒られないといけないんだし。」
「あいつに借りた消しゴムを返し忘れただけなのに、あんなに怒って、ぼくも言い返したただけなのになんで俺まで…。」
「俺はただ二人の喧嘩を止めたくて少し大声で二人に注意しただけなのになんであんなに逆切れされて言い返しただけで、俺まで二人といっしょにここに来ないといけないんだし。」
 と言っていると、また少しずつ声が大きくなって、また言い争いが始まった。
 すると、
「□□君は帰っていいですよ。」
 と先生が入って来た。そして□□君がランドセルや帰る用意をし始めて帰って行った。ぼくと◯◯君は
「なんであいつだけ帰っていいんだし。」 
 と言っていた。

 ぼくと◯◯君はその後、目も合わせずに先生とぼくと◯◯君で校長室にいたら、
「コンコン。」
 校長室のドアが鳴った。
「ガチャ。」
「失礼します。」
 入ってきたのは◯◯君のお母さんだった。そして数分後……。
「ガチャ。」
「失礼します。」
 ぼくの母親が来た。そして先生がまた詳しく親に説明した。親達が
「うちの子が失礼しました。」
 などと言って謝りあった。そしてぼく達も
「今度からは消しゴム貸したらすぐ返してよ。」
「今度からぼくも借りたものはすぐに返すよ。」
 と言い合って仲直りした。




 長く作文の指導をしていると、日頃は「誰かを傷つけない限りは自由に書いて」とか「思った通りに書いていいよ」などと言っているくせに、いつの間にか子どもたちの作文に予定調和を求めるようになってしまっていました
 この作文をはじめに読んだ時も、これでは何も解決してないし、結論がないなぁ、などと感じてしまいました。もっと安心できる結論を求めたのです。でも、ここにあるのは実にリアルな結末なのです。それは、一旦は仲直りさせたとしても、本人たちの中で納得していないものが残れば、また同じようなことで喧嘩するだろうという余韻を感じさせる結末です。ということはこの作文は実はものすごく良く書けているのではないかと、だんだん思えてきました。
 そう思って読み返してみると、子どもたち三人の掛け合いは脚本が用意されたコントのごとくテンポが良く、作文を書く段階で書き手が出来事を整理して、セリフを効果的に脚色し、「子どもの喧嘩」を書き上げたように見えてきました。なるほど□□君などは、いかにもクラスに一人は居そうなキャラクターですし、校長室に連れて行かれても、まだ小声でブツクサ言っている主人公たちの様子なども目に浮かぶようです。
 さらに、この作文中の喧嘩の構図は、自分たちのことは棚に上げて互いに相手のことばかり責めているどこかの国同士の落とし所の見えない外交問題と同じようにも見えてきます。「人間は大人になっても、ずっとこんななのかなぁ」なんて勝手に考えさせられもしました。
 さて作者のIBUKI君、これだけ自分たちのことを客観的に描く目がある自分の高い能力を大切にしてください。今回は消しゴム問題で喧嘩したわけですが、何かのことで揉める場合、実はそこに至るまでの細かい出来事の積み重ねがあったはずで、消しゴムは最後の引き金にすぎないなんてことも多々有ります。ある一点だけを解決しようとしても無理があるのです。消しゴム問題が今後起こらないようにするにはどうすれば良いか、本当の解決ができるのであれば、IBUKI君が大人になったときに多くの難題を解決することができる凄い人になれると思います。ひょっとしたら外交問題でさえも。
 ところで、この作文を読んだ同年代の子どもたちの反応は、「面白かった。」というなんともストレートで好意的なものが多かったことを加えておきます。それはつまり、同じような経験をしたり、見たりした子どもが多いこと、それを分かりやすく伝える力がこの作文にあるということなのだと思います。
 それにしても今回は自分への反省も含め、考えさせられることの多い作文でした。そして何よりも、いつの時代もお母さんはありがたいものだなぁ、と改めて深く深く思いました。

塾長

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2015年10月15日

うれしい一日

bicycle-2.jpg

REO(小4)

 左足をペダルにつけて右足を地面につけた。ぼくは、自転車をこごうとしたけど、こいだらすぐにたおれた。
「はぁ〜。」
 ぼくは失敗したので、ため息をついた。
「今日は、もうむりだ。」
 ぼくは、家まで自転車をおして帰った。ぼくは、一瞬体が重く感じた。ぼくはそれから一年以上自転車に手をふれなかった。

 一年生になって自転車の練習をしようとした。それは周りに自転車に乗っていた子たちがいて、おもしろそうだから、やろうと思った。
 休みの朝、ぼくは近くの公園で練習をした。たおれそうな時は、いつも地面に足をつけた。なぜかと言うと、前よりぼくの体が大きくなっているからだ。何回もくりかえして、急にできた。できた時、うれしくて
「やったー!」
 とさけんだ。
 次に止まる練習をした。どうやって練習したかと言うと、公園にある鉄棒の所までこいで、ぶつかりそうになった時に止まる練習だ。
 ぼくはペダルをこいだ。もっともっとスピードを上げた。風が顔に当たった。鉄棒にぶつかりそうになった所でブレーキをかけた。ぎりぎりに止まった。
 その後は、ぼくは自由に自転車をこいだ。すべり台のすべる所までこいだ。止まろうとしてブレーキをかけた。でもブレーキがきかなかった。
「ガシャ︎」
 自転車はすべり台にぶつかった。ぶつかった時、ぼくは目をつぶった。ぼくが目を開けた時、自転車がすべり台にちょっとだけ、上がっていた。次からは、ブレーキをちゃんとかけるようにした。

 それから自転車で友達の家に行ったり、おじいちゃんの家に行ったり、いろんな所へ行けるようになった。自転車は歩くよりスピードが速いから楽しい。




多くの人が当たり前のように乗っている自転車。でも、初めはその練習で苦労をした方も多いはず。この作文を読んで、僕も友達に会うことがない早朝に、一人でこっそり練習したことを思い出しました。そして初めて自転車に乗れた瞬間の喜びや、自分の足で進む時とは違う推進力に驚いたり、わくわくしたりしたことを思い出しました。
また、初めて練習した時には挫折した話に始まり、少し年月がたって再挑戦し成功するという構成も読みやすく、主人公のその時々の様子や気持ちが分かりやすく伝わってきます。

塾長


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2015年10月14日

雨と太陽

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HANA Y.(小6)

 雨の日はいつもの日と違ってつまんない。学校まで歩く長い道。傘に強く当たる雨。
 いつもなら長い道にも楽しさがあふれている。太陽に向かって一生懸命な草花。雲ひとつない美しい空。小鳥のさえずり。朝の光に伸びする猫。川で水遊びするカモ。毎日が楽しい、そう思う。つまんない授業中も窓から見える風にゆれる木々。大空でつばさをめいっぱい広げる鳥。そんなものたちを眺めているとなぜか安心できる。
 今日は雨だ。朝から雨が降り続いている。今日は……何もない。空も、小鳥のさえずりも伸びする猫も。何一つ。雨に流されたのだろうか?教室の窓をのぞくと木は雨に強く打たれ、悲痛の声をあげている。鳥たちはどこだろう。家で身を縮めおびえているのだろうか。次々と疑問がわいてきた。
 すべての授業を終えた時、日の光が窓を差す。優しい光だ。だけど強く雲を切った。
 私が外に出た時、外はいつもと少し違った。花や草、木からは雨の雫がゆっくりと落ち、輝いている。その時、思った。雨は生命だ。草木に生を与える。こんな世界も素晴らしい。そう思った。




 今回の作文は、書き手の精神的な成長がそのまま文章に現れているようで、驚きました。  
 まず、書き手は晴れの日が好きだということを語り、その一方で雨の日のマイナス面を語っています。以前ならおそらくここまでの内容で終わるところですが、成長したHANAさんは、そこから、雨が止み太陽からの光が差す瞬間を描き、さらに前半で否定していた雨の良い面に目を向け、肯定しています。
 ものごとを一方向からだけ見るのでなく、両面から、あるいはもっと多くの面からとらえる力が育ってきていることを強く感じさせてくれる作文でした。長く同じ生徒さんと付き合っていると、時々、このような成長や変化の瞬間に出会うことがあります。こういう時が、この仕事をしていて良かったなぁ、と思う瞬間でもあります。HANAさんの今後の変化に要注目です。


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2015年09月19日

イジメはするな

KOTARO M.(小6)

 ぼくにとって一番こわい事はイジメです。イジメは、人に傷をつけて嫌がらせなどをします。その結果イジメられた人は、生きているのが嫌になり、自殺などしてしまう人もいます。集団でせめたりするのは、もっとこわいです。悪口や暴力などもあります。

 ぼくの学校は、イジメなどがほぼ無いですが、イジメに近い事ならよく見かけます。学校に行くのは、楽しいですが、ニュースなどでイジメで亡くなった人の話などを聞いて、もし自分がイジメられたらなどと考えるとすごくこわいです。

 だからイジメが無くなるためにイジメられている人がいたら助けてあげたいです。ぼくがもしイジメられたら親や先生や友達などに相談できるようにしたいです。




このところ台風や地震など災害など怖いと思うニュースが多かったことから、今回のテーマは「私のいちばん怖いもの」でした。

イジメは現役小学生にとってはあまりにも身近で現実味のある恐怖なのですね。でもKOTARO君は、イジメがどんなものか、それによって何が起こるか、さらにはイジメに出会ったらどうするかまで考えているので、頼もしく感じました。今回の作文では、イジメに対する態度という意味でも感心しましたが、このように自分の考えを言葉ではっきりとまとめられる力がついてきたことにも感心しました。

塾長


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出てくるな!

HANA Y.(小6)

 私の一番怖いものはお風呂の中。
 お風呂は、シャンプーで頭を洗ったり、体を洗ったり、ひまな瞬間が多すぎて、私は頭の中で色々と想像をして自分で自分を怖がらせている。
 お風呂は不思議と頭に怖いものが次々と浮かんでくる。たとえば、貞子が来たら、天井で何かが見ていたら、排水口から手が出てきたらそんな考えが頭をかけめぐり、私を恐怖へと突き落とす。
 お風呂は、怖い記憶も呼び起こす。去年観た「ほんとうにあったこわい話」も忘れていたのが、お風呂に入ったとたん泉のごとくわき出てくるのだ。お風呂が終わった後もその恐怖はつきまとい、私をおそうのだ。



このところ台風や地震など災害など怖いと思うニュースが多かったことから、今回のテーマは「私のいちばん怖いもの」でした。

お風呂は気持ちよくリラックスできる場所だとばかり思っていましたが、なるほどひとりきりで、しかも色々と物思いにふけることもできる時間であり空間です。たしかに怖いことを想像しだしたら止まらなくなりそうですね。排水口から手が出てくるという一文を読んで、僕も子どものころに同じような想像に悩まされたのを思い出しました。おそらく、この作文に共感される方も多いのではないでしょうか。

塾長
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2015年08月15日

気持ちで暑熱慣化

TAKUYA(中2)

 僕が勝手に一番暑い時期だと思っているのは七月と八月の終わりだ。その頃が最も日差しが強く照りつける。その時期をピークに気温が緩やかに下がっていくと思っているのだが、今年はエルニーニョ現象がチリの方で起こっているらしく、こちらの気温も依然として高いままだ。ニュースキャスターも、三十五度を超えたら暑い、超えなかったら涼しいというノリだ。

 ただ、最近は気温というものに囚われ過ぎているのではないかと僕は思う。例えば、三十五度でも、土の上に立ち木陰にいて風が吹けば、かなり暑さが和らぐだろうが、三十二度であっても、多湿でコンクリートの上、日差しをもろに浴びるという状況では、四十度にも感じられるだろう。

 気温は絶対的な数値だから、指標にはなるかもしれないが、結局は気持ちの持ちようだと思う。




日頃から大人びた文体と内容が持ち味のTAKUYA君。今回もいちいちもっともで、「今日は猛暑日だ」、「三十四度しか行かなかったら少しましだった」などと数字に振り回されている僕としては、感心せずにはいられない作文でした。一歩引いて、冷静に物事を見ることができるTAKUYA君のスタンスは、今後の彼が生きていく時間の中で大きな武器になることでしょう。そんなことを思いつつ、やはり今日の気温が気になってしまう僕でした。

塾長

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2015年08月11日

キンキン

KAHO(小3)

 「ガリガリ。」
 かき氷機を回す。回すのが終わって、おさらをとって、一回目はカルピスをかけた。
 まずスプーンでおすと、
「ザクザク。」
 といって、食べた時
「シャリシャリ。」 
 といった。

 二回目に回した時は、一回目にやった時より氷が大きかったので、回すのがよりかたくなっていた。
 二回目はブルーハワイにした。ずっと食べていたら、べろが青くなってしまった。全部食べ終わったら、空みたいにもっとべろが青くなっていた。さいしょ見た、とうめいの氷とは、まったくちがう物に見えた。氷はつめたくて口の中が
「キンキン。」
 とした。




七月の最終週は、とにかく暑いので教室でかき氷。この時は八百円程度の手動の氷かき機を使って、各自が自分の分のかき氷を作って食べました。
KAHOさんはその時の様子と感じたことを小学三年生らしく、とても素直に書いてくれました。特にかき氷に関係する様々な音を、場面によって「ガリガリ」、「ザクザク」、「シャリシャリ」と使い分けているところに工夫が見られました。また、シロップで舌が青く染まる経験は多くの方に共感してもらえたのではないでしょうか。音や色を上手に使って、面白い作文になりました。

塾長


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2015年07月23日

かわいい頭(かしら)

KOTARO(中2)

 サーサー。
「雨がよく降るな、この月はまったく。」
 俺は真っ黒な猫。名前はジル。俺は雨が嫌いだ。
「あ〜雨だから寝よう。」

「あ〜光が眩しい、朝か。少しその辺を散歩しよう。」
 家の塀の上を歩き、細道に出て歩き始める。
「ジルさんおはようございます。」
「うん。」
 いつものように俺にあいさつをして後について来る。三十分ほど歩くと後について来る猫の数はざっと二百匹。これを見れば分かる通り、俺はこの辺を支配している。そう番長だ。

 細道を歩いていると何か変なものを見つけた。何だこれは、つるつるしていて、中から自分と似た顔のやつがこっちを見ている。臭いをかぐと、嫌な雨の臭いがした。
「お頭、なんですかこれは。」
 そう聞きながら、たくさんの猫がこっちに来た。猫が猫の上に重なって、それを見ていると一匹の猫がまちがって俺を押した。
 バチャン、雨だ。すぐにさっと雨のかたまりから出た。体を振って雨を落としていると、他の猫達がニヤニヤ笑いながら声をそろえて
「お頭かわいい〜。」
 と言ってきた。
 ブチッ、ガンガンガン、シュ〜。二百匹の猫の頭を猫パンチして住み家に戻った。

「あ〜気分が悪い。もう一回寝るか。」
 空は青く澄んでいた。




「ねこ」、「細道」、「水たまり」の三つを使って、即興で物語を作るという課題でした。
 猫達ののんびりとした世界がなんともユーモラスで、読んでいて穏やかな気持ちになります。特に上手かったのは「水たまり」の使い方。今回のように言葉を指定された作文だと、なんとかその言葉を文中に使うので精一杯という場合が多いのですが、KOTARO君はちゃんと意味のある使い方をしています。しかも「水たまり」という言葉そのものを使わずに『何だこれは、つるつるしていて……雨の臭いがした。』や『雨のかたまり』などと表現しています。そして「水たまり」を、猫達にとって未知で不思議なものとして表しました。このことが、物語の持つ穏やかで平和な世界観を作り上げるのに一役買っています。また子分の猫達を「猫パンチ」で殴るというのも、姿を想像するとなんだか可愛らしく、暴力的なイメージを持たせないのも上手いですね。どこまでもピースフルな余韻を与える最後の一文も素敵でした。

塾長


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2015年07月22日

First Live

MIREI(中2)

「ジャーン。」
「みなさんこんにちは!今回がファーストライブです。すんごく緊張しています。失敗するかもしれないけど!全力でいきます!」

 熱気のこもる部屋。先輩もお客さんもぎゅうぎゅうづめ。
 叫ぶ。
「Don’t say lazy!」

 鼓動が鳴り響く。マイクは震え、みんなの顔は硬直している。お客さんの方を向くともっと怖い。怖い。
 ドラムが唸り、ボーカルが叫ぶ。
「Please don’t say!」

 なんかもう……。終わった。
 精一杯歌うしかなくって、大声を出す。心が叫びたがってる。止められないくらい。鼓動はリズムを刻む。丁寧なピアノ。低音で支えるベース。バンドメンバーと心が共鳴しあった。
 間奏まで来た。エレキの声とともにドラムが乗ってくる。
 しかし、共鳴は崩れだした。タイミングを間違えた。
 ドラムがワンテンポ速くなり、全てが崩壊。必死に合わせようとした。けど、合わず。
「やばい、このままじゃ。」
 と思ったら、高三の先輩が手拍子を始めた。
「パチ、パチ、パチ、パチ。」
 その勢いに乗る。結局うちらは最後まで迷惑かけちゃったんだな、と思った。
 ごめんね先輩。
 高三の引退ライブなんだ今日は。(だから最後まで……。)
『だから たまに 休憩しちゃうんです♪』

 ファーストライブは終わってしまった。
 なんかほっとした。これを達成感というんだ。
「ハー、ハー。」
 成功しなかったけど、バンドとしての第一歩が踏み出せたような気がした。
「ありがとうございました!」
 感謝の気持ち、届いたかな?
 エレキの子が高三の先輩に抱きつく。
「そんな顔見せないでよ。」
「えーーん。」
 もらい泣きしちゃった。何か心の底からジワジワ出てきたんだ。



 中二になって、部活動でもだんだんと役割が重くなってくる中、初めてのライブに挑んだ際の様子を言葉通り「生」の臨場感たっぷりに書いてくれました。
 一人称の主語を省き、短い文を多用し、時には体言止めや倒置方で畳み掛けてと、終始スピード感のある文章でライブ感を出しています。それらを意識して技術的にやっているというよりは、この作文はMIREIさんの中にある言葉のリズムのままに一気に書かれた文章です。一曲の演奏時間は数分間といったところでしょうか。作文を読みながら、その短くも凝縮された時間を一緒に感じることができました。
 また、ライブが終わった後、仲間の様子にもらい泣きし心でつぶやく最後の一文、実に魅力的です。中高生時代ってこんな感じで駆け抜けるんだなぁと思い出させられます。この感じ、ちょっと懐かしくて羨ましくなりました。

塾長

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2015年07月19日

星(せい)月(げつ)眼鏡店

NATSUMI(大3)

 CDプレイヤーの電源を切った。静寂の落ちた店内に、私のヒールの音だけが響く。
 楓のフローリングを敷いた五角形の店内。その中央には黒檀とステンレスと硝子を組み合わせた大きな楕円形のテーブルが据えられ、きっちりと間隔を開けて眼鏡が並んでいた。金や銀の細いフレームは煌めき、鼈甲(べっこう)フレームは光を透かして甘い影を落としている。セルフレームは艶(つや)やかに光を跳ね返し、リムレスの硝子レンズはひときわ美しく輝く。窓に設けた細い棚には、己の魅力を声高に叫ぶでなく落ち着いた顔をした眼鏡が並んでいた。
 私は窓辺の眼鏡ひとつひとつにクリーム色の柔らかい布をかけ、中央のテーブルにはそれ自体を覆うようにふんわりと布をかぶせた。この布を取り、レンズを拭き、材質に合わせて丁寧に手入れするのが開店前の私の日課だ。
 店内の眼鏡すべてに布をかけ終わると、私は店のライトを消した。幾つもの丸いペンダントライトから、橙(だいだい)のあたたかさが消える。店内に、三日月の光が差し込んでいた。
 さて、と。一人呟いて、私は窓に背を向けた。店の奥の黒い扉を開けて、階段を上がる。

 リン、ゴーン……。
 古風なチャイムが、静かな店内を揺らした。私は本を閉じて階段へと向かう。とん、とん、とん。階段を下りきると、私は黒い扉を背に置いて、目の前の白い扉のノブを握った。
 開けた扉の外には、若い女性が俯いて立っていた。長い髪が肩から顔に落ち、夜気は熱をはらんでいるのに肩が小刻みに震えている。
「こんばんは」
「……い」
掠れた声。私は黙って身をかがめ、彼女の口元に耳を近づけた。リムレスのメガネが光る。
「もう見たくない……!」
「落ち着いて。さあ、どうぞ二階へ」
半身になって彼女を通してから、私は静かに裏口の戸を閉めた。彼女の震える吐息が、静かな店内にやけに大きく響いていた。

 星月眼鏡店は、タイル敷きの路地に並ぶ店の一つだ。他にも店が並ぶこの路地は、それ自体が小さな百貨店のようになっており、路地の入り口は夜間はフェンスが閉まっていた。
 しかし、星月眼鏡店には裏口がある。直接二階へ上がる階段につながった白い扉が、ひっそりと店の裏に存在しているのである。
 この店はただ眼鏡を売っているだけではない。もっと大切な仕事が、この店にはあった。

 「どうぞ、座ってください」
私は一人掛けのソファを女性に勧めて、彼女の眼鏡を預かった。チェストに置いた蓄音機を回し、革のトレーに乗せた眼鏡をその隣に置く。部屋の片隅のカウンターキッチンに回り込んで、私は薬缶を火にかけた。出窓に置いた蜜蝋燭に火を点けて、湯が沸くのを待つ。女性が座った背もたれの高い一人掛けのソファはカウンターキッチンに背を向けて置かれていて、私からは彼女の様子は見えなかった。店のちょうど真上のこの部屋も五角形で、部屋の中心には脚の長い小さな丸い机が置かれている。その上には浅い銀の水盆が載っていた。彼女はその前に座っている。ドーム状の天井の中央には五角形の硝子窓があり、星々が慎ましく顔をのぞかせていた。五枚の壁それぞれに開いた細い窓から差す仄かな月明かりがうっすらと室内を満たし、甘い香りを漂わせる蜜蝋燭の灯りが揺れる。音を立てる薬缶を火から下ろして茶葉に湯を注ぐと、淹れたての紅茶を手に私は女性の前に戻った。完全に放置していたように見えるこの時間、だが正面から見た彼女の呼吸は整っていた。
「落ち着きましたか」
「はい……。いつもいつも、取り乱していてすみません」
「構いません。ここは、そういうところです」
私は淡々と応じて、紅茶に口をつけた。
「それで、今日も、いつものように?」
「はい。やっぱり見えてしまうんです。……みんなの心の中」
こころのなか、と囁くように声を落とした女性は身震いして、縋るように紅茶に手を伸ばした。私は静かに席を立ち、棚から色とりどりの飴の詰まった硝子瓶を取り出した。蓋に飴をあけて探していた色を見つけると、蓋ごと彼女に差し出す。
「濃い緑色の飴をどうぞ。友人の自信作です」
「これ、何味ですか?」
「さあ。でもきっと、あなたにとって嫌いな味ではないと思いますよ」
おずおずと飴玉を摘まんだ彼女は、それをころりと口の中に放り込んだ。
「……なんだか、森みたいな味」
「森、食べたことあるのですか」
「ないですけど……。例えです」
くすりと笑った彼女に黙って微笑み返して、私は硝子瓶の蓋を閉めた。
「……さて、何を見たのか、聞いても?思い出したくなければ、構いませんが」
「いつも通りです……。笑ってても怒ってる人とか、泣いてても嗤ってる人とか、優しいことを言いながら馬鹿にしてる人とか。そういう心の中が、見えるんです。いつも通り」
「そうですか。前回いらっしゃったのは確か一カ月前だったと思いますが、効果切れはいつごろから?」
「前に来てから、二週間は大丈夫でした。そういうの、何にも見えなくて……。でもあとからまた少しずつ見え始めて、三日前からは眼鏡があってもなくても変わらないくらいに」
私は蓄音機の隣に置いた眼鏡を見た。フレームもレンズも一見綺麗に見えるが、本当の輝きとは程遠い。
「二週間しか保たなかった、という事ですね。前は確か一カ月は保っていたはずですが」
「はい……。やっぱり、私の症状、重くなっているんでしょうか?それとも、眼鏡に、」
「欠陥が、という事なら考えられます」
気を使って言葉を濁した彼女の、言わんとしていた言葉を躊躇なく引き取って、私はティーカップをソーサーに戻した。
「眼鏡に欠陥があること、あなたの症状が重くなっていること。どちらもあり得る話です」
「じゃあ、どうすれば……」
「とりあえずいつも通りです。あなたは休んだ方がいい。運のいいことに、今日は三日月です。天窓を覆わなくても、天球の星々を楽しめますよ。満月では、明るすぎますからね」
壁に細く切り取られた空を見て、私は部屋中の間接照明を落とした。ひとつふたつと、シェードのついたスタンドライトや磨り硝子の小さなペンダントライト、丸いフォルムのフロアライトから明かりが消えて行く。
「ソファ、楽にしていいですからね」
声をかけて、私は蜜蝋燭の火に覆いをかぶせた。
「では、始めましょうか」
私は彼女の真後ろに機械をセットして、かちりとスイッチを入れた。
「今の季節に合わせて、夏から秋に移ろう空を選ばせていただきました。今は人の心のことなんて、見たくもない世界のことなんて、全部忘れて、星座の中を泳ぎましょう?」
三日月の細い光だけが舞う暗い部屋に、天上の星々が広がった。蓄音機から流れる静かな音楽、蜜蝋燭のほのかな香り、煌めく星々、淡く照らす三日月。この部屋に、彼女を苦しめるものは何もない。十分もすると、彼女の息遣いは深くゆっくりと安定して、星々の中を散歩しに行ったのがわかった。
 私は足音を立てないようにヒールを脱ぐと、細窓からの三日月の光を受ける水盆に静かに水を注ぎいれた。そこに彼女の眼鏡をそっと滑り込ませる。水面に本物の月と人工の星が映りこみ、きらきらきらきら、内側から輝いた。
「彼女の目を、見えすぎてしまう心の目を、少しでも覆ってくれますように」
私の小さな祈りは、神様にも届かないような小さな祈りは、月と星が抱き留めてくれた。

 小さな声に、私は顔をあげた。向かいのソファで寝入っていた女性が、寝起き特有のゆっくりとした動作で身を起こしている。
「いい夢は、見られましたか?」
「なんだかふわふわ、きらきらした……。よく、覚えていないですけど」
「覚えていないくらいがちょうどいいのです」
ほら、と指さすと、彼女は首を傾げて部屋を見回した。淡い三日月と散らばる星々。
「このくらい曖昧な方が、本当はいいのです」
私はにこりと微笑むと、彼女に背を向けて水盆から眼鏡を取り上げた。リムレスの眼鏡からぽたぽたと落ちる水滴は水盆に波紋を作る。
「あなたと同じ景色の中で、身を休めてもらいました。処置はいつも通りですが、きっと、あなたの目からあなたの心を守ってくれる」
「どうして、そう言い切れるんです?」
私はそっと水滴を拭き取り、肩越しに笑った。
 「星と月に祈っておきましたから」

 「それではまた、辛くなったらいつでもいらしてください。お待ちしています」
女性を白い扉まで送って、私は頭を下げた。
「ありがとうございます。……あの、」
彼女は扉から一歩出たところで足を止めて振り返ると、眼鏡を外して小首を傾げた。
「私には人の心の中が見えてしまう。この眼鏡がなければ、否応なしに。……でも、眼鏡屋さんの心の中は、見えたことがないんです」
一体、なぜ?問いかける女性に、私は笑った。
「さあ……何故でしょうね」
ただ……。私は揺れる彼女の瞳を見た。
「そうあるべきだと、思っただけですよ」
 それでは、また。
 一礼を残して、私は扉を閉じた。

 見たい人には、見るための。
 見たくない人には。見ないための。
 大切な目、大切な心、お守りします。
 星月眼鏡店。




 夜の眼鏡屋さんを題材に短編の物語を書くという課題に対して書かれた作品です。長さは原稿用紙10枚以内という条件でした。

 実際に塾の近所の閉店後の眼鏡屋さんを外から眺めた後に書いてもらったのですが、まるで眼鏡屋さんの内部までくまなく見てきたかのような室内の描写は圧巻です。NATSUMIさんの培ってきたセンスと知識がほどよく使われていて、実に魅力的なお店ができあがりました。
 個人的には「覚えていないくらいがちょうどいいのです」、「このくらい曖昧な方が、本当はいいのです」というセリフに、作者NATSUMIさん自身が成長する過程で感じてきた様々な思いがそっと込められているようで、惹きつかられました。ストレスの多い社会に住む読者への優しいメッセージなのでしょうか。
 また物語の最後に残された「人の心が見えてしまう女性にも心が見えないという眼鏡屋さんは、普通の人間とはどこか違う存在なのか?」という小さな謎も心地よい余韻となり、続編を読みたくなる作品でした。

塾長

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2015年07月18日

オレンジの光

KEIJI(小6)

 遠くの電線がオレンジ色に光っている。目黒区の町を歩くとビルが多いため夕日の光と影が多い。夕日は、高いビルに届き、影は低いビルや家を美しく見せる。夕日のオレンジ色の光はとてもきれいだ。夕日が顔に当たると、とてもまぶしい。影は低い建物をつつみこむ。とても幻想的だ。大通りに出ると、一段ときれいに見える。周りの騒音を消すほどだ。夕日の色。静まり返る影。いつ見てもあきない。

 自由が丘公園に着くと、すべてが影につつみこまれていた。ここだけ空中に夕日をじゃまする板があるようだ。アンナとハナはブランコに乗り、サクラコ、ジュン、マサキ、タカトがアスレチックの周りで遊んでいる。自分とノアは雑談していた。
「行くよ〜。」
 先生の声が公園中に響いた。

 公園を出ると、ローソンに行った。ガリガリ君ソーダ味とスイカ味二つあった。自分はソーダ味を選んだ。ガリガリ君を食べながら、歩いているとソーダ味のガリガリ君の上の方がオレンジで下の方が暗かった。上を見るときれいなオレンジ色が輝いていた。



 この日のテーマは夕日と影。午後6時からの授業時間に散歩に出ると、低い位置の太陽が建物の間を通って差してきたり、ビルに反射したりしながら、町をオレンジ色に染めていきます。そんな中、いつも以上に夕日や、そこにできる影に注目してもらいました。
 KEIJI君は、とても素直に目に見えたものを文章にしてくれています。それが実に美しい描写へとつながりました。「夕日の色。静まり返る影」の部分、美しいと感じたものを並べた体言止めは、響きそのものが美しいです。それにしても「静まり返る影」とは、なんと魅力的な表現なのでしょう。視覚的にも聴覚的にも想像力をかきたてられます。その後も、子供たちの自然な様子と夕暮れ時の色彩に溢れた実に印象的な作文になりました。

塾長

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2015年07月15日

「雪の時間」

JYOTARO(中2)

 乾燥した空気、眩しくて熱いスポットライト。俺はここで演奏するために今まで頑張ってきた。
「…パチパチ、パチパチザー。」
 ステージに指揮者が入ってくると、静かだったホールが拍手でいっぱいになる。指揮者が客席に一礼すると同時に、俺たちは席に着いた。
 指揮者が構える。弦楽器以外のパートが楽器を構える。指揮者が四拍子にタクトを振ると、ホルンの勇ましい音色がホールに響いた。
 曲目は『アナと雪の女王メドレー森村オーケストラバージョン』で、この曲は、森村オーケストラ、略して森オケの卒業生の編曲家、井藤さんが森オケのために編曲してくれた大切な一曲だ。メドレー内容は、プロローグが『氷の心』で、その次が『雪だるまつくろう』、『レットイットゴー』、『生まれてはじめて』、そしてエピローグが『生まれてはじめて(リプライズ)』だ。
 ホルンの上からチューブラーベルの音が重なり心が踊る音色になる。指揮者も満足そうな笑みを浮かべる。曲が進む。六小節目になり、俺は楽器を構える。そして音を奏で始める。
 俺の座っている席はセカンドヴァイオリンの後ろの方の席で、オケを一望出来る席だった。そのため、オケメンの表情が一人一人しっかりと確認出来た。
 曲が進み、お客さんも待っていたであろう『レットイットゴー』が始まった。
 曲が始まるとホールが一段と静かになるのを感じた。出だしは映画同様ピアノのソロで、一人さびしく始まった。ヴァイオリンとフルートが後に続き、風を表現する。さらに金管楽器で歌の部分を奏でる。そして、サビに近づくにつれ、オケメンが指揮者をチラチラみ始める。サビに入るまで残り、二小節、百六十八ビートで刻まれるテンポはかなり速いが、みんなついて来ている。残り一小節、指先に力が入る。残り一拍、弦に指を乗せ準備する。そして力の入った体をサビと同時に解放する。心地良い脱力感の中で、最高のコンディション、最高のテンション、そして最高のメンバーで演奏する音楽はとても楽しい。俺はヴァイオリンを弾き続けた。


耳に聴こえても、目には見えない音楽を作文で表現するのはとても難しいことです。そこには単に作文の技術だけではない、感受性やセンスが求められてきます。作文冒頭、自分ではなくまず指揮者が入ってくる場面を持ってきたあたりに、センスの良さを感じました。コンサートの実際の流れを見ているようで、作文に書かれた場面に自然に入っていくことができたからです。また「ホルンの勇ましい音色」「心が踊る音色」などに見られるように、奏でられる音がどんな音なのか表現する中で、JYOTARO君自身の感覚から書かれた言葉が多く見られて感心しました。音を表面的に表現するのでなく、そこに感情も込められているような言葉の選び方に、感受性の強さを感じます。他の人には書くことのできない、JYOTARO君ならではの作文でした。

塾長
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2015年07月08日

リレーで深まったメンバーの絆

HARUNO(中2)

「これからお昼休憩です。お昼休憩が終わったあとの競技に出る人は、準備をしてください。」
 体育委員からのアナウンスが入った。
「やったあ。」
 お腹が空いていたため、お昼休憩のアナウンスでみんな喜んだ。私も嬉しい。でも緊張感の方が大きかった。次は、クラブ対抗リレー。ずっと朝練と昼練を頑張って来たため、ライバルの体操部には特に闘争心を燃やしていた。
 リレーの先輩が、席まで迎えに来る。緊張MAXだ。先輩と一緒に、更衣室へ向かう。私は、段々と涙目になっていった。更衣室へ着く。先輩から借りた全員おそろいのユニフォームを着た。入場門へ急ぐ。

「次は、クラブ対抗リレーです。」
 またも、体育委員のアナウンスだ。いよいよ始まる。まずは、文化部のリレーだ。演劇部・理科部・吹奏楽部…。どんどん、文化部のリレーが終わっていく。テニス部みんなで、そわそわしながら順番を待った。あ、もう始まる。文化部が終わった。まずは、バド部とフォークダンス部が争う。当然ながら、バド部が圧勝だ。また、体育祭のアナウンスが体育館に響き渡る。
「次のリレーは、第一コーステニス部。第二コースソフト部。第三コースバレー部。」
 どの部活もみんなおそろいのユニフォームを着ているせいか、とても強く見えた。
 私は三番目を走る。第一走者も第二走者も、中三の先輩で、クラブの中で一位、二位を争うほど速い。先輩の速さに魅了された、先輩の同級生がキャーキャー言いながら応援していた。どうしよう、抜かされたら。心配や不安な気持ちが、私の頭の中を駆け巡る。そんな時、同じ部の先輩が声を掛けてくれた。
「緊張してるでしょ?リラックス、リラックス。バトンゾーンに並んだ方が良いよ。」
「はい。ありがとうございます。」
 私は、ガクガクに震えた声で答え、バトンゾーンへ並んだ。一緒に走る先輩は、どちらも高校生で私より一回りも二回りも大きい。
 いよいよ、バトンを受け取った。バトンパス成功。第一関門突破。トラックを周って、転ばなければ第二関門突破だ。この調子で、進んでいけば、まず抜かされることは無さそうだ。無我夢中でその場を、駆け走っている私にはみんなの声援など全く聞こえない。最後のラストスパート。しかし、走る足音が段々と後ろから迫って来て強い危機感を覚えた。あぁもう、早くゴールに着きたい。魔法でゴールが近くなればいいのに。不意に、そう思った。そんなことを考えていたら、もうそこはゴールで、私は次の先輩にバトンを渡していた。
「高校生に抜かされずに、よく頑張ったね、お疲れ様。」
 先輩が、微笑みながら声を掛けてくれた。
「あ、はい。ありがとうございます。」
 私は、まだ終わった実感がなく、中途半端な返答しかできなかった。その直後、私はハッと思い出し、
「先輩、次の次ですよね!?頑張ってください!応援してます!」
 と付け加えた。
「あ、ありがとう。」
 今度は、先輩の方が緊張していて、先程の私みたいだった。
 リレーの選手が、ゴールへ向かっていく度に、順位が変動していったため最後まで全く安心できなかった。ハラハラ、ドキドキしていると、いよいよアンカー対決が始まった。
 行け。抜かされるな。この調子で頑張れ。私達は、声を揃えてアンカーの先輩を応援した。 

 結局、先輩は一位を最後まで死守することができた。
 順位発表。みんなが固唾を飲んで、見守る中、
「テニス部三位!」 
 というアナウンスが体育館に響き渡った。
「え!やったあ!」
 まず一番最初に、クラブのリーダーの先輩が口を開いた。その後に続いて私達も喜ぶ。周りを見たら、高校生の先輩がみんな泣いていた。
 クラブ対抗リレーが終わった。
「じゃあ、この後更衣室で反省会しようか。まあ、反省するっていっても体操部に負けたことが心残りなだけだけどね。」
 先輩が泣きながら笑っていた。
 みんなが更衣室へ集まる。
「先輩から一言お願いします!」
 メンバー全員で、リレーのリーダーの先輩にお願いした。
「テニス部は、どこよりも最初に練習を早く始めて、どこよりもハードに毎日頑張って来たよね。私は、三位っていう結果にすごい満足だから、何も反省が思いつかない。でも、また来年もこのメンバーでリレー出て、今度は体操部に勝とうね。お疲れ様!」
 先輩は、泣きすぎて何度も言葉を詰まらせた。それに、つられた私達も泣きそうになる。周りを見ると、ほとんどの先輩が涙をポロポロと出していた。この時、私はリレーのメンバーの絆がより一層深まったなと思った。そうして、今すぐにでも流れそうな涙を何度もこらえた。




 臨場感を出す練習のために書いてもらった作文です。リレーの出番を待つ間の緊張感や走っている最中の無我夢中な様子など、主人公をとても近くに感じることができ、臨場感たっぷりの作文になりました。
 さらに今回の作文では、気持ちを表す表現が豊富に盛り込まれていたことにも感心しました。「私は、段々と涙目になっていった。」、「先輩が泣きながら笑っていた。」、「何度も言葉を詰まらせた。」などが入ることで、心の揺れの大きさが登場人物の表情とともに伝わってきました。中高生の生き生きとした姿が眼に浮かぶ作品となりました。

塾長
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2015年07月04日

一瞬の逆立ち

BUNA(中1)

「ん〜っ」
 私は、足を九十度上に上げるのに精いっぱいだ。ふんばっても、バランスが取れなくて、すぐにでんぐり返しみたいになってしまう。でも、三点倒立だったから、まだましな方だと思う。もし、普通の倒立なら、初めからやろうと思っていなかったはずだ。
 家で練習しながら、私はそんなことを考えていた。ふと、私は体育の先生の言っていたことを思い出した。頭と両手を三角形に並べて、お腹とお尻を引っ込める。何度もやってみる。できない。十四回ほどやっただろうか。何も考えずにやったら、できた。すんなりと、ほんの一瞬だったけど、明らかにできた感じがした。
「ねぇ。今できたよ!見てた?」 
 私はママに言った。たぶん生返事だと思うが、ママは、
「うん。」
 と言ってくれた。
 その後、何度もやってみたが、一度もできなかった。結局、二十八回やって、できたのはこの一回だけだ。
 弟の冷やかしの声が聞こえる。それでも私は、その時は何も思わなかった。その時の私の頭の中は、三点倒立ができたということでいっぱいだったのかもしれない。

 次の日、学校の体育の授業で三点倒立のテストがあった。
「三秒で合格ね!」
 先生が言う。
「そりゃあ無理でしょ。」
 私はぼそっとひとり言を言った。
「補助つけてもいいけど、二点減点して、できないところがあるたびに一点ずつ減点していきます。」
 先生が言った。
 はしから先生がテストしていく。だんだん自分の番が近づいて来る。次は私の番だ。私はゆっくり恐る恐る足を上げるタイプだから、どうしても時間がかかってしまう。
「ピッ。」
 先生の笛の合図と同時に、私はゆっくりバランスを取りながら、足を上げ始めた。足がまっすぐ上に行ってから二秒ほど止まった。近いところまではいったが、三秒はできなかった。先生は点数を紙に書いて、次の人の所に行って、またテストを始める。
 その後、私は何度かやってみた。できたりできなかったりだが、一番長い時で、四秒くらいだった。
 私はただ、テストの時にこれができなかったことが悔しかった。




臨場感を出す練習のために書いてもらった作文です。
何度も練習してできなかった倒立がふとできてしまう瞬間や、体育のテスト直前の緊張感、そしてテスト本番と、いくつかの大切な場面の描写において、その様子をそばで見ているような印象を受けました。また、この作文を読んでいて、僕は子どもの頃に初めて自転車の乗れた瞬間のことを思い出しました。子ども時代を通り過ぎた人の多くが、この作文を読むと、懐かしい自分のある瞬間を思い出させられるのではないでしょうか。

塾長

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プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。