2014年12月07日

「勝利の石」

KEITA(小3)

 それは、一年前のことです。二子玉川にお父さんとお買い物に行ったとき、二子玉川の広場でしょうぎをやっている人がいました。そこに見に行くと、
「しょうぎやりますか?」
 と聞かれて、ぼくは、
「やります。」
 と答えました。

 そこでプロの六段の人と戦いました。六段はプロの人の中では、すごく強いです。ぼくは、その時、そんなに強くなかったので、六まい落ちで勝負しました。プロの人はちゃんとかこいをして防ぎょしていました。だが、ぼくが一間竜でちゃんと、せめていたら、プロの人がミスをしました。ぼくは、そこを見のがしませんでした。その一瞬のすきをついて、
「王手。」
 と言いました。でも、かわされてしまって、ぼくは、すごくくやしかったです。

 ぼくは、すぐ立ち直って、せめようとしたら、相手の飛車が、ぼくたちの仲間の歩をやぶって、竜になりました。その竜は、桂馬、香車をとって、あばれだしました。でもせめられているばっかりじゃいけないと思い、ぼくもせめました。王手をいっぱいしていたら、と金と、竜王ではじまでよせてせっちんづめで勝ちました。

 勝って、パパと帰ろうとすると、パパに
「ごほうびを買ってあげるけど、何がいい?」
 と聞かれました。そしてぼくが、
「きれいな石。」
 と答えました。それからパパは、ブラックライトを当てると光る石を買ってくれました。その石は、ぼくにとって一番大切な物です。なぜなら、それを見ると、勝った時を思い出すからです。

※一間竜…将棋の詰みの形
※せっちんづめ…将棋で、王将を盤の隅に追い込んで詰めること。



この作文は『私のたいせつなもの』という課題に対して書かれたものです。

自分が小学生であろうと、相手がプロであろうと、いったん将棋の対局が始まれば、常に真剣勝負で挑むKEITA君の勝負に対するこだわりが伝わってくる作文でした。また表現の面でも、「相手の飛車が、ぼくたちの仲間の歩をやぶって、竜になりました。その竜は、桂馬、香車をとって、あばれだしました。」というように将棋の駒を擬人化するなど工夫が見られました。現在小学3年生のKEITA君、将棋も作文もこれからが楽しみですね。

塾長
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「特別なぬいぐるみ」

RIO(小4)

 わたしが幼稚園ぐらいの時の事です。どこかのお店でぬいぐるみをみつけました。そのぬいぐるみは白くてふわふわな犬のぬいぐるみです。わたしは両親におもわず
「あの犬のぬいぐるみ買って。」
 と言いました。そうしたら優しく
「いいよ。」
 と言ってくれました。

 わたしはそれからお話を作ってぬいぐるみごっこをするようになりました。お話はふしぎとすぐ出てきて、例えば学校に行って遊んだりするお話です。時には両親が遊んでくれたりします。まだこのころは友達がいなかったので、ぬいぐるみが友達みたいなものでした。

 ある日、わたしのお兄ちゃんのお友達に妹がいるのに気づいて遊ぶようになりました。ぬいぐるみごっこを初めはやっていたけど、そのうち工作をしたりするようになりました。その間ぬいぐるみはベッドの部屋におきっぱなしでした。

 しばらくして、ベッドの部屋をかたづけていたらぬいぐるみを見つけました。わたしはこのごろぬいぐるみごっこをしていなかったのを思い出しました。それからは、たまに遊んだりして、置くところはちゃんと整えてある場所に置いたりして、大事に使っています。それから新しいぬいぐるみも買ってもらって、より遊ぶようになりました。ぬいぐるみで遊ぶといやな事を全部わすれて気持ちよくなります。




この作文は『私のたいせつなもの』という課題に対して書かれたものです。

だれもが子どもの頃には、ぬいぐるみや人形で遊びます。ところが成長するにしたがって、だんだんそれで遊ばなくなっていきます。言いかえれば、ぬいぐるみや人形で遊ばなくなることは、人間としての成長を表してもいるわけです。ただその一方で、忘れられていくぬいぐるみや人形に思いを馳せれば、なんとも寂しげでもあります。そんな成長の途中の時間を切り取ったようなこの作文は、なんだか読んでいてとても切なくなります。RIOさんはいずれ、ぬいぐるみを全く必要としなくなる時が来るかもしれません。でも、そんな時でも、このぬいぐるみに触れれば、ご両親に優しくされたことや自分の子ども時代のことを思い出せるのでしょう。本当に大切なものだと思います。

塾長
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2014年12月04日

「自分を信じて」

MISATO(中3)

「お前描くの遅いな。そんな細かいところまでやるってマジメかよ。」
 私は周りのクラスメイトに言われた。今、美術の授業で自画像を描いている。私は絵を描くことがはっきり言うと下手だ。だから、少しでも良くしようと細かいところまでこだわって描いている。周りはみんなもう終盤なのに、私はまだ全然書き上がっていない。

「キーンコーンカーンコーン。」
 授業終了のチャイムが鳴った。私は結局、授業時間内に終わらなかった。周りはほとんどが終わっていて、終わっていないのは三、四人だけだった。私の近くを通っていく友達は口々に
「すごいまじめだね。」
 とか
「少し手を抜けばいいのに。」
 と言い、笑いながら教室を出ていった。そんなセリフを聞きながら私は、手を抜くことができない自分にイライラしていた。残っていた人も一人、また一人といなくなっていったが、私は黙々と絵を描き続けた。そして自分が満足するような自画像が描き上がった。私は、後片付けをして自分の荷物をまとめ、部活に向かった。

 部活に出るととなりのクラスの女子が
「自画像の残りだったの?」
 と聞いてきた。私が無口でうなずくと、
「そっか。お疲れ。」
 と言ってくれた。私はまだ、時間がかかった事にへこんでいる。彼女はふとこんな事を言ってきた。
「そう言えば、こっちのクラスで、いつも、うまい自画像って言って、先生が見せてたよ。」
 私はそれを聞いて、衝撃を受けた。周りに色々言われ、自分のやり方が間違っているのではないかと思い始めていたが、間違ってはいなかったのだ。私は、周りに言われたことを気にし過ぎたと後悔し、自分を信じて突き進んでも良いんだと思った。

 私はこのことをから、周りに合わせることも時には大切だが、周りに左右されずに貫くことも大切だと学んだ。




クラスメイトからの言葉を気にしたり、手を抜くことができない自分にイライラしたりする様子には読んでいて辛くなりますが、それでも「残っていた人も一人、また一人といなくなっていったが、私は黙々と絵を描き続けた。」という一文に主人公の信念を感じ、応援したい気持ちになりました。この作文を読んでいて思ったのは、とにかく良い経験と良い気づきをしたなということです。そしてそのことを作文に書いたことで、自分の考えが整理され、今回学んだことがより明確に心に刻まれたことでしょう。これからも自分の信じる道を信じるやり方で進んでいってください。苦難にあっても信念を持って進める強さがあれば道は開かれると僕も信じています。

塾長
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「山頂に行くために」

MAO(小5)

「坂、急だねー。」
 とみんなが言う。今から私達五年生は、金時山に登る。みんなは登る気満々だ。私も最初はやるぞーと思っていたが、初めての山登りはそんなかんたんなものではなかった。

 しばらく歩いていくと、みんなの声は聞こえなくなってしまった。ある女の子は山登りがすごく大変だったみたいで、先生と一緒に山のとちゅうで休んでから来るようだった。だから私は、
「がんばろう!」
 と声をかけた。私は他の子にも同じように
「がんばろう!」
 と言った。

 するとその女の子は、休んだ分を取りもどして私達の列に来た。この時はそこまで苦しくなかったみたいだ。でもまたその女の子はさっきよりも疲れてきたみたいで、またしても山のとちゅうで休んでしまった。私はその女の子に
「絶対、山頂まで登りきって一緒にお弁当食べよう!」
 と言った。そして私達はそのまま山頂へ向かい始めた。しかし夏ごろに痛めた私の足がまたしても痛くなってきた。私はそれでも休まずにただ歩き続けた。先生が
「もうすぐ山頂だよ!」
と言ったときはやっと山頂につくんだ!と思った。

 ついに私達は山頂へとたどりついた。けれど私はあの女の子のことが心配だった。ずっと山頂で待っていたら女の子がやって来た。その女の子が見えて私は女の子の元へかけよった。
「おつかれ!ごはん食べよう。」
 と言った。そして私達は絶景を見ながらおいしいご飯を食べた。




この作文は学校生活で心に残っていることについて書いてもらったものです。

登山と言ういつもとは違う辛い状況を題材にしながら、自分のことだけでなく、友だちのことも書けているのには感心しました。こういう場合、自分が頑張った話になりがちなのですが、登山が苦手である女の子とそれを待つ主人公という二人を話の中心に据えたことで、かえって主人公の性格や様子が良く伝わってきました。主人公だけでなく、それに関わる人のことも大切に描くという方法は今後も有効ですので、忘れずにいて欲しいです。良く書けました。

塾長
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2014年12月03日

「徒競走」

KOTARO.M(小5)

 運動会が始まりました。一回目の徒競走は、五年生の徒競走です。五年生みんなは、用意を始めました。五年生は、小校庭に行ってならびました。その時ぼくは、心臓がすごくバクバクして足もびくびくふるえていました。

 ぼくは去年の事を思い出していました。なぜかというと去年も今年と同じメンバーで走って、ぼくは最下位になってしまったのです。

 ぼくは、このメンバーを知った一カ月前に、近所の足が速いお兄さんと走る練習を始めました。まず最初はもも上げから始めました。ぼくは、毎日やれと言われました。ぼくは、毎日ももあげをやり五十メートルのタイムを計り続けました。

 あと五列目くらいになった時、だれかが大きな声で
「こうたろう。」
 と言ってきました。ぼくは、ふり返ってみたらピアノの先生が来ていたのでびっくりしました。そしてやっとぼくの番が来ました。先生が、
「位置についてよ〜いドン。」
 ぼくは良いスタートダッシュができてすごくうれしかったです。でもメンバーのだれかがフライングをしました。だれがやったのか分からなくて自分かと思いちょっと怖くなりました。そしてまた先生が、
「位置についてよ〜いドン」
 今度は、スタートダッシュでおくれてしまいました。ぼくは、今までやった練習を全部思い出しがんばって走りました。あと少しだ。ぼくはゴールテープを切りました。やった。ぼくは、ギリギリでちょっとの差で勝ちました。ぼくは右手でガッツポーズをやりました。




この作文は学校生活の中で心に残っていることを書くという課題に対して書いてくれたものです。

読み終わった瞬間に、良かったね!と素直に感じさせてくれる作文です。昨年の悔しさをばねにして努力をし結果を出すという、爽やかな成功物語でした。せっかくのスタートダッシュが無駄になったあげく、2度目のスタートでは遅れてしまうなど、最後までドキドキさせてくれる展開も良かったと思います。

塾長
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「学校生活で心に残った事」

MIYU(小5)

 夏休みの前日、私は友達とけんかをしました。けんかの原因は、夏休みの共同研究でした。

 ちょっとした口げんかから言い争いになり、二人とも興奮して大そうどうになりました。そして、帰りに絶交宣言をして、夏休みは台風の過ぎ去った空のように何事もなかったように過ぎていきました。が、私の心の中には、後悔という鉄の球がどっかりといすわっていました。

 夏休みも明け、いく日かたった日の体育のこと、なんと絶交した友達と同じチームになってしまいました。その体育は鉄ぼうで私も友達も苦手なことでした。夏休み前の私達ならいっしょに教え合ったのでしょうが今の私達は、自分で努力するしかありませんでした。その友達が、私が手まどっている技の「逆上がり」をやって見せました。私はくやしかったけれど、私はどうしても鉄ぼうから胸がはなれてしまって、できません。一瞬、(あの子に聞けばコツがつかめるかも)と言う考えが頭をよぎりました。それを一回考えてしまうともうその考えからぬけだせなくなってしまいました。そしてその体育の授業が終わったあと、私は急いで友達の所へ行きあやまりました。私が
「ゆるしてくれる。」
と聞くと友達は
「うん、私もごめんね。」
 とあやまってくれました。

 今もその友達と、また、ほかのクラスメイトや友達とも支え合ったり、時には競い合ったりして学校生活をおくっています。



学校生活の中で心の残ったものを書くという課題で書いてもらいました。

『友達とのちょっとしたケンカと仲直り』という小学生なら誰にでも経験がありそうな題材を扱いながらも、具体的な内容を書くことで、誰のまねでもないMIYUさん本人の作文に仕上がりました。例えば、鉄棒の逆上がりの部分の「私はどうしても鉄ぼうから胸がはなれてしまって…」などは当事者のMIYUさんだからこそ書ける具体的な表現です。
加えて「それを一回考えてしまうともうその考えからぬけだせなくなってしまいました。」という一文で見せる大人びた表現もMIYUさんならではの良い所です。子どもらしさと、大人っぽさが同居しているところが今のMIYUさんの文章の魅力です。

塾長
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2014年11月29日

「頂からの景色」

TAKAMI(小6)

「ポツッ、ポツッ。」
 雲が厚くなってくる中、自分たちは斜面を登っていた。山の中腹まで登ってきた頃、横にはがけがあり、地層がくっきりと見えていた。その反対側には山に囲まれた平地があった。その風景からは自然の力が感じられた。そのころ、雨が激しくなってきて、だんだん汗が出てきた。

 山の頂上まであと五キロメートルほどになったころ、周りの人の水筒は空になってきた。自分の水筒もあと一口ぐらいまでに減った。気のせいか、道がさらに急な気がした。そんな中、横にいたY君が、
「ほら、おそい。がんばって。」
 と言った。周りでもそういった声が上がった。そして僕は無言で必死に歩いた。周りも必死に歩いていた。その時シャツはびしょびしょに、帽子は熱くなっていた。
 
「よくがんばったねぇ。おめでとう。」
 頂上では先に反対側から車で来た地元の人がいて、お弁当を持って来てくれていた。僕は無事に頂上まで来ることが出来た。最初は無理だと思っていたけれど、みんなにちゃんとついていくことが出来た。かみの毛は雨でぬれたのか汗でぬれたのか分からなかった。

「はぁ、つかれたぁ。」
 と言いながらお弁当を受け取った。友達と展望台で食べたお弁当はいつもの何倍も美味しかった。その頂からの景色は、都会では見られない百八十度自然がある壮大な景色だった。



最初の段落で書かれている風景の描写は、よく見かける自然の美しさを書いたものとは違い、これから自分が挑まなくてはならない自然の圧倒的な大きさや強さを感じさせるもので、実に印象的です。このように風景描写を通して、主人公の心理状態を想像させるということを小学生のTAKAMI君がさらっとやっていることに驚きました。よほどその時の印象が強かったのでしょうか。その後も、登山の苦しさや不安を、“水筒の中身が減ってきたこと”や「気のせいか、道がさらに急な気がした。」という描写で伝えるなど、見どころ満載です。
これらを日頃から狙ってできるようになれば、かなりの文章力が身につくと思います。

今回の作文は素晴らしかったです。次は嬉しい気持ちや、楽しい気持ちを見事に表現した文章を読んでみたくなりました。

塾長

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「成功した応援合戦」

HAYUKO(小5)

「フレーフレー白組。」
 私は五年生の時、運動会の応援団に入っていました。運動会の役わり決めの時、私は応援団に入りたくて、声出しのテストに合格して、応援団に入れました。

 次の日から、応援団の朝練が始まりました。最初に、はちまきやせんすを貸してもらい、いよいよ練習が始まりました。初めのうちは、あまり声が出せなくて他の白組応援団のみんなに私の声がかき消されてしまいました。先生が、
「のどからではなく、おなかから声を出せ。」
 と言いました。けれど私は、のどからしか出せないので一週間後には、声が少しかれてしまったし、肩とひざが筋肉痛になってしまいました。

 本番になりました。応援合戦はプログラム三番とお昼が終わってすぐの二回です。
「プログラム三番応援団による応援合戦です。」
(もうすぐだ。)と私は思って一つ深呼吸しました。すると、
「白組行くぞー。」
 と団長の声が聞こえました。私たちは、
「オー。」
 と応えました。赤組の声も聞こえて、どちらも走って位置につきました。午前は白組が先攻です。
「フレーフレー白組。」
「がんばれがんばれ白組。」
「ファイトファイト白組。」
 と順調でした。そして午後の応援合戦も順調に進みました。

 運動会全体では負けてしまいましたが、応援合戦が成功して良かったです。




<勇気を出して応援団に立候補し、見事声出しテストに合格。> → <朝練ではなかなか上手く大きな声が出せずに、体のあちこちが痛くなる。> → <でも練習での苦労が報われて本番は無事成功。> という分かりやすい構成でストーリを書けていたのが好印象でした。そして何より、学校で一生懸命過ごしているHAYUKOさんの姿が目に浮かんだことが、この作文の最大の成功です。

今回の作文は学校生活の中で心に残っていることを書くという課題でした。HAYUKOさんにとって、勇気や努力の大切さとその後にくる成功を体験することができた出来事を題材に選べたこともとても良かったと思います。

塾長

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「くらだらないイタズラ」

IBUKI(小6)

 二年前、ぼくは学校行事で自然宿泊体験教室に行った。僕は、その前日に親友のAとBと一緒に、イタズラをしかける相談をしていた。僕達は、全体と個人に一日一回以上はしかける約束をした。
 一日目、到着して部屋に入った僕らは、一人一個持って来ていたブーブークッションを、そのターゲットの三人の枕に置いた。するといきなりターゲットの一人が休けいすると言って寝た。その瞬間、部屋中にブーブークッションの音が響き渡った。友達が
「おい誰だよ、ふざんけんな。」
 と言っていた時、先生が入って来たのでみんなが枕に座った。一人はふつうに引っ掛かって文句を言われた。もう一人の人は、体重が重い人でリアルな破裂音がした。
「ボフッ。」
 僕と仕掛けた二人は大笑いしてしまった。
 二日目。その夜、みんなが夕食を食べに行った時、忘れ物をしたと言って部屋に戻って次のイタズラを仕掛けた。入口の足もとにぞうきんを置いた。夕食後、リーダーがそこですべった。みんな大笑いした。さらに夜中十二時ごろ、三人だけ起きていて、寝ている友達をおどろかせた。すると先生が入ってきて点検を始めた。そしてその時、僕達はあせっておどろかせた人達のふとんにもぐった。
「パチィ。」
 電気がついた。僕達は心臓がバクバクした。先生がふとんを見回った。僕達三人はふとんの中にいるのでばれるかと思った。
「パチィ。」
 電気が消えた。僕達は、たまたまふとんの中に空気を入れて寝ているようにしたので
ばれなかった。
 最終日。朝、先生に呼ばれた。僕達はいつも通りに振る舞っていたら、先生が昨日の夜の話をし始めて、先生に五分ほど怒られた。ばれた理由はAが入ったふとんの人が、その時起きて、先生に伝えたそうだ。僕達は反省しながら合宿を終える事になった。




イタズラはいけません!でもちゃんと先生にばれて怒られたし、二年も前のことなので時効ということで作文そのものを評価して紹介してしまいます。この作文、実は他のクラスの子ども達に読んでもらったところとても好評だったのです。イタズラをするという行為そのものが子ども達にとって魅力があることに加えて、先生がいきなり部屋に入ってきた場面などに臨場感があり、物語のように楽しく読めたからだと思います。特にブーブークッションで部屋が騒がしくなったところで先生がいきなり登場し、みんながなぜか慌てて枕の上に座った所でブーブークッションの破裂音が炸裂!という展開はそのままコントで使えそうです。僕もつい笑ってしまいました。

改めて言いますが、イタズラはダメです!でも、なんか許せてしまうのは今回の題材がイジメとは決定的に違う、からっとした雰囲気をもっているからでしょう。いつも周りを笑わせるのが好きなIBUKI君のこと、これからも色んなイタズラを考えるのでしょう。どうせならその笑いのセンスとサービス精神に磨きをかけて、世の中を明るく楽しませることができる人になって下さい。僕はそういう日が来るのを本当に楽しみにしています!

塾長
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2014年11月21日

「昔のみんなへ」

MISATO(中3)

「パンッ。あ〜もう、また逃げられた。めっちゃかゆいし、むかつく。」
 あぁ、まただ。また、怒っている。そんな悪いことをしているのかな。あんなに怒っている姿を見るとすごい罪悪感が出てくる。謝りたいな。でも謝りに行ったら、はたき落とされるんだろうな。そう思いながらも少し近づいてみる。
「パンッ。」
 また、つぶされそうになった。あきらめよう。そして私は、人から離れた。

 私は今、産卵期だから、卵に与える栄養が必要だ。だから、あまり得意ではない人の血を吸うこともやらなくてはならない。でも、人間の血を吸うと、人間はみんな怒り、すごい速さで手を出してくる。他の動物は、そんなでもないのに……。仲間は、みんな幼虫やさなぎの頃に、他の生物に食べられるなどして、もう死んでしまっている。こんなにも気が弱い自分が生き残っていることが不思議だった。でも、ここまで生きてきたからには子孫をしっかり残して最後まで生きたい。

 人の居ないところで休んでいたら、いつもは見ないような服装の人々がやってきた。
「この公園でデング熱が出たことにより、今から駆除作業を行います。」
 私はその言葉の意味が分からなかった。デング熱?なにそれ。そしてその人々は私の草むらに向かって霧状の液体をかけてきた。嫌な予感がしたから、私はもっと奥に逃げた。すると、前にいる他の蚊がボトボトと落ちていく。やばい、と思った時には遅かった。

 私も意識が遠のいていき、飛ぶ気力すらなくなっていた。土の上に落ちた時に見えたのは昔の仲間だった。



この作文はデング熱が流行っていた10月に、「蚊」の立場になって物語を書いてもらったものです。元来、敵と思っていた存在でも、相手の立場になってみると色々なことがらが違って見えてくることを実感してもらうための課題でした。子ども達はこれから生きていく上で、多くの対立や争いに出くわすはずです。その時に、それらを解決する一つの糸口になってくれればと思い、この課題を出してみました。

果たして、美里さんの作文の最後の一文はなんとも切なく悲しいものとなりました。美里さんは、作文を書きながら完璧に蚊の立場に立ち、人間を恐ろしいものと捉えて物語を進めていきました。読んでくださった方の中には、蚊の主人公に少しは同情の気持ちが湧いた方もいらしたのではないでしょうか。もちろん美里さんがこの作文を通して蚊を好きになった訳ではありませんが、相手の立場になって想像力を働かすという課題を見事にクリアしてくれました。

塾長

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「戻らない時間を大切に」

MAYO(中3)

 それは一年前の秋のことだった。僕は書写検定を受けるための練習を十月くらいからしていた。しかし、僕は一週間に書写の練習は二回くらいしかやっていなくてその他の時間はゲームをしていた。

 十一月の初めごろ、相変わらず一週間に二回の練習を続けていたある日。母が僕のことを呼び「ゲームをやるくらい時間があるなら練習しなさい。」と言った。しかし僕はそれを無視してゲームをやり続けた。そして、十二月に入って検定まであと二週間になっても僕はまだ練習量を増やさずにいた。

 そして検定の日が来た。問題をめくって見てみると、意味不明な問題が並んでいて手のつけようがなかった。検定が始まって四十分くらいたっただろうか。三十問くらいある問題はまだ十問も解けていない状態だった。残り二十問解いてもあと技能テストがあり、とても終わりそうになかった。

 検定が終わった。結局、技能はぎりぎり終わったが知識・理解の方が十四問くらいしかできなかった。検定が終わってから三週間くらいたったある日、検定の結果が届いた。封筒を開けて中を見ると、技能があと五点、知識・理解があと二十点と書いてあった。検定の結果を見た母は、僕に「時間はもう戻って来ない。取り戻したくても戻らない。」と言った。僕は思った。もしあのゲームをしている時間を検定の勉強に当てていたら受かっていただろう。僕はそれ以来、時間を大切にしている。そして今、受験生である僕は書写検定のような思いをもうしないよう、無駄な時間をなくし勉強していこうと思う。




「私の大切なもの」について自分の体験をまじえて書く、という課題で書いてもらいました。いつもは自由に書くことが多い当塾のメニューですが、ちょっとだけ受験の作文を意識してみました。

さてMAYO君の言う『戻らない時間』ですが、読んでくださった多くの方が耳の痛い思いをされているのではないでしょうか。僕自身、「あの時ああしていれば…」とか「今日も時間を無題に過ごしてしまった!」ということばかりです。MAYO君の作文に出てきたことは確かに苦い経験ですが、中学生の段階で時間の大切さに気づけたのであれば、それは今後の人生の中では大きなアドバンテージとなるでしょう。
日頃何となく反省していることなども、こうして作文にしてみると自分の考えやポイントがはっきりしますね。MAYO君、この教訓を胸に刻んで、目前に迫った受験勉強を乗り切って下さい!

塾長

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2014年11月20日

「家族」

KAO(小6)

「いいかげんにしなさい。何度言ったら分かるの?」
 私のママは怒ると怖い。けれどそれはすべて自分が悪い。それは分かっているけど、(自分は悪くない。)と思いたい。しかも、私はとても負けずぎらいだ。この二つでどうしても
「ごめんなさい。」
 この言葉が最初に出てこない。

「何か言う事はないの?」
 この言葉を言う時も少しこわい。けれどママは怖いだけではない。

 ディズニーシーでの事。その時私は、ミッキーの形をした入れ物の中にチョコレートが入っているお菓子が欲しかった。けれどどこを探してもそのお菓子はなかった。だから私は、
「もういいよ。」
 と少し悲しそうな声で言ってあきらめていた。でもママは、
「いいよ。まだ時間あるし…」
 と探してくれた。最終的にその欲しかったお菓子は手に入った。私は、
「ありがとう。」
 と言い大事にかばんにしまった。

 悪いと思ったら怒ってくれて、こまっている時は助けてくれる。そんなママは私の大切な人です。だから私もあまり怒らせないように努力したいです。




「私の大切なもの」について自分の体験をまじえて書く、という課題で書いてもらいました。いつもは自由に書くことが多い当塾のメニューですが、ちょっとだけ受験の作文を意識してみました。

作文の前半と後半で、「しかってくれるお母さん」と「助けてくれるお母さん」を描き分けたことで、言いたいことが分かりやすく伝わってきました。特に感心したのはお母さんのセリフの選び方です。どちらの場面も聞いたことがありそうな、読んだ人が思わず「あるよねぇ」と呟いてしまいそうなセリフばかり。それでいてきちんと「しかってくれるお母さん」と「助けてくれるお母さん」の違いが出ています。セリフを書くセンスを感じますね。また、その時の主人公の感じ方や仕草も共感できるものばかりです。全体を通してシンプルな言葉を使いながら説得力のある文章で見事でした。

塾長

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「私の大切な本」

HANA.I(小4)

 私が一才の時にお母さんが作ってくれた本を私はとても大切にしています。私の宝物です。

 それは一才のおたん生日プレゼントに作ってくれた本です。お母さんは、絵と文が書いてある本を作ってくれました。世界に一つしかない本です。

 この本は、お母さんがどんなに大切に私を育ててくれていたかが分かる本です。この本には、「愛娘はなへ」や「大好きなはなへ」などの言葉がのっていました。その中でも私は、私が生まれた後の二ページが好きです。一番好きな文は、「あなたは、ママの大切な小さな宝物よ。」です。お母さんは、おハナのようにかわいらしく、その子がいるだけで家庭がにぎやかにハナやぐようにと、「はな」と名付けてくれました。私は、このはなという名前がとても好きです。暑い日も、寒い日などもずっと私を見守ってくれたお母さんのことを私は大好きです。お母さんがこの本を作ってくれたので、お母さんと私の関係が深くなりました。

 お母さんが作ってくれた本を今からもずっと大切にしていきたいです。お母さん、この本を作ってくれてありがとう!




「私の大切なもの」について自分の体験をまじえて書く、という課題で書いてもらいました。いつもは自由に書くことが多い当塾のメニューですが、ちょっとだけ受験の作文を意識してみました。

お母さんが作ってくれた本の中の言葉を通してお母さんの愛情を理解し受取り、今度は自分でそれに対する思いを文章にすることで自分の中の感情も確認することができる。言葉の力、さらにはそれを文章として文字で記すことの力を感じる作文でした。写真やビデオとはまた違った直接的な思いを伝える手書きの文章や絵で作られた本を、HANAさんは今後の長い人生の中で折に触れ眺めては自分が祝福されて生まれてきたことを思い、励まされるのでしょう。お母さんとHANAさんの関係を深くしてくれた本はまさに宝物、私の大切なものですね。

塾長

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2014年11月19日

「人生を彩る」

紗彩(中2)

 小学三年生くらいの時に、学校の課題で自分の名前について母に聞いたことがある。その話を聞いて、私は自分の名前がもっと好きになった。

 私の名前は、まず二つの候補があったそうだ。一つは今の名前でもう一つは真彩だった。意味は真っ直ぐに自分の人生を彩って欲しいというものだった。両親はとても迷ったそうだが、私はどちらでも良いと思った。でも、きちんと決めてもらえたことがとても嬉しかった。

 また、漢字一文字一文字に意味が込められていることも知った。「彩」というのは私が五歳くらいの時に亡くなった祖父が母につけたかった字だそうだ。自分の名前を通して、亡くなった祖父のぬくもりが感じられる。だから自分の名前が大好きだ。

 自分の名前は毎日見るものだ。しかし、あまり自分の名前の由来や、親の思いを考える機会はないだろう。だからこそ、私は大切なものだと思っている。ふとした時に色々な人の思いが思い出されるものはそうそうないのではないかと考える。世界にたった一人しかいない「私」の名前は一つしかないのだと思うと、とても、自分の名前が愛おしく、大切に思えてくる。




「私の大切なもの」について自分の体験をまじえて書く、という課題で書いてもらいました。いつもは自由に書くことが多い当塾のメニューですが、ちょっとだけ受験の作文を意識してみました。

毎日誰かが自分を呼ぶ度に耳にする自分の名前。日頃はあまり考える事はないけれど、何かの折にふと、そこに込められた多くの思いや願いの深さに気づく。名前とはこうも大切で素晴らしいものなのですね。人は名前を通して、いつでも親や名づけてくれた人の愛情を受け、支えられているのですね。この作文を読み、大人であるこちらが教えられた気がしました。
※通常ブログで作文を紹介する際には、お名前はローマ字で書いているのですが、今回は作文の内容上、漢字表記とさせていただきました。
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「大切な命」

RITA(小5)

 それは、私が三年生の10月のことだった。誕生日プレゼントで、私は、鳥を飼おうと思った。そのわけは、犬やネコだと、世話をするのが大変だと思ったからだ。

 そのプレゼントでもらった一羽の鳥は、「ピッピ」という鳥だ。その時は、青い鳥だったので、一目ぼれしたのだ。私は、大事にピッピを育てた。ある日、ピッピの飛ぶ練習を初めてやってみた。鳥は飛ぶとき、真っ直ぐしか飛ばないと思っていた。すると、ピッピは、まっすぐ飛んでから急に曲がって飛んだのだ。私は、おどろくと同時にとてもうれしい気持ちになった。

 私が三年生の12月ごろ、大変なことがおこった。そのころ、ピッピは毎日のように鏡にぶつかっていたのだ。自分のことを見たことのないピッピは、鏡の向こうに、友達がいると思っていたのだ。それで何回も鏡にぶつかっていると、ある日、鼻に血がついていた。その日の夜、ピッピは元気がなかった。お母さんは、
「いつも鏡にぶつかっていたからねぇ。」
 と言った。私は、明日がとても心配でたまらなかった。次の日、鳥かごを開けると、ピッピは死んでいた。とても悲しかった。だって、だいたい二ヶ月しか生きていなかったからだ。ピッピの体は冷たかったけど、動かすと目が開いて、本当は生きているんじゃないかと思った。

 こんな事故がおこってから、命はかんたんになくなってしまうので命をもっと大切にしようと思った。




「私の大切なもの」について自分の体験をまじえて書く、という課題で書いてもらいました。いつもは自由に書くことが多い当塾のメニューですが、ちょっとだけ受験の作文を意識してみました。
この作文は起承転結をとても上手に使えています。特に3段落目に、小鳥が鏡にむかってぶつかっていくという行動から悲しい死に至る最も重要な場面を持ってきた事で、段落の使い方に安定感が生まれました。また結論の部分で、命の大切さを述べる際に書いた「命はかんたんになくなる」という表現には実感がこもっていて印象に残りました。とてもつらい経験だったと思いますが、その時の気持ちがRITAさんの中にきちんと残っていることに感銘を受けました。

塾長

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2014年11月18日

「勇気」

ANNA(小5)

 私が「勇気」というものを大切にし始めたのは、三年生の二学期のことだった。

 その子は怖い先生でも手を焼くいたずらっ子だった。そうじ当番や給食当番などのみんなで決めた当番や決まりをことごとく破っていた。授業中もおしゃべりして、その授業の内容だったらまだしも、
「今日、俺んちであそぼーぜー。」
 と、全く関係のないことを言って、全く授業を聞かず、ノートもとらない。そして休み時間に、黒板に先生やみんなが嫌がることを書いて困らせているいたずらっ子だった。

 ある時、またそのいたずらっ子はそうじをサボってろうかで他の男子と変な歌を歌っておどっていた。その日、私とそのいたずらっ子以外は当番の人がいなかったので、私一人でそうじをやっていた。本当は注意したいのだけれど、当時私は気が弱かったのと、言ったら何をされるのか怖かったので、言えなかった。でも、言わないと、その子もそのままになってしまうし、ずっとそうじが終わらないから勇気を出して、
「ちゃんとそうじしなきゃダメだよ。」
 と言った。するとそのいたずらっ子は、しぶしぶだが、そうじをやった。

 私はこの経験で、勇気というものがどれだけ大切か分かった。これからも勇気を持って色々な困難を乗り越えていきたい。




「私の大切なもの」について自分の体験をまじえて書く、というテーマで書いてもらいました。いつもは自由に書くことが多い当塾のメニューですが、ちょっとだけ受験用の作文を意識してみました。
大人になると忘れてしまいがちですが、子どもどうしの関係というのは厳しいことも多く、一歩間違えば自分がいじめの対象にもなりかねません。そんなことを思うと、主人公がクラスメイトに注意することに本当に勇気が必要だったということが想像できます。主人公が勇気をおぼえ、成長していく様子が頼もしいです。主人公が勇気を出したことで主人公だけでなく、いたずらっ子君にとっても良い経験になっているところがすばらしい。子ども達はこうして学校内で揉まれて、どんどん成長していくのですね。

塾長
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「思い出ランドセル」

HANA(小5)

 大切なものは山ほどあるがその中からひとつ選ぶとすると、「ランドセル」である。

 幼稚園の時、待ちに待ったランドセルを買う日がやってきた。私は、昔から姉が赤いランドセルを背負うのを見てきた。だから、私も赤のランドセルにしようと決めていた。電車の中で、自分がランドセルを背負っている姿を思い描き一人で
「クスクス」
 と笑っていた。

 そしてついにランドセルを選ぶ時、赤いランドセルが光って見えた。私は赤いランドセルを背負った。鏡の前で電車で思い描いたことを思い出し自分にみとれていると
「花ちゃんこれどう?」
 母が茶色のランドセルを持ってきた。私は、正直あまり好きではなかった。私は、祖父に、
「どっちがいいかな?」
 と言うと
「茶色かな?」
 と言ったのだ。結局私は、茶色のランドセルにした。小学校初登校の日、私はほこらしげにランドセルを背負って堂々と歩いた。他の子は、赤や水色なのに、私は一人茶色で目立っていた。私はそれがうれしかった。

 それから四年間、私はこのランドセルといっしょに走ったり、泣いたり、喜んだりした。私にとってランドセルは、思い出のつまった宝だ。これからも、ランドセルと思い出をつくっていきたい。



「私の大切なもの」について自分の体験をまじえて書く、という課題で書いてもらいました。いつもは自由に書くことが多い当塾のメニューですが、ちょっとだけ受験の作文を意識しました。「字数600字程度」、「四段落で書く」など制限が多い中、それでも伸び伸び書けましたね。
「お姉さんと違う色のランドセルを買う」という小さな出来事をきっかけに、お揃いであることを喜んでいた少女が、人とは違うことをする喜びに気づくという精神的な成長が見られるのも面白かったです。子ども達は色んなことをきっかけに成長していくのですね。

塾長

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2014年11月15日

「最後のリレー」

MISAKI(中1)

 いよいよ初等科生活最後の紅白リレーが始まった。
「次の種目はプログラム○○番の紅白リレーです。この種目は……。」
 放送委員の司会が話している。私のチームは東組だから一番最初に入場していった。しかも私は六年が二人いる中、私の方が速いので先頭でトラックを大きく一周歩いて行く。
「ピッ。ピッ。」
 笛が鳴り、いよいよレーンを決める時が来た。
「じゃんけんぽい。」
 今、一年生がじゃんけんをしている。私たちは結局三レーンになった。
 一年生が走り出す。と同時に客席から応援の声が上がった。その時点では三位だった。
「がんばれ〜!ぬかせ〜!」
 みんな必死で応援している。
「お〜。」
 五年生が、二位の人を抜かした。六年生までバトンが回ってくる。
 あと前の人が半周すると次は私の番になる……。もう少し、という所で前の人が転んでしまった。抜かされた。二位だったのに、三位になった。取り返さないと。そう思っている間にどんどん前の人は近づいて来る。
「はい。」
 やっとバトンが回ってきた。でも前の二人はとても速い人たちだった。どうしよう。でもなんとか走った。とても追いつけそうにない。なんとか離されないために、そして、追いつかれないためだけにがんばって走る。頭の中は真っ白だった。
「パン!」
 ゴールと同時にピストルが鳴った。
 やっぱり三位のままだった。転んでしまって友達は泣いていた。チームで写真を撮っている時も泣いていた。私も泣きたいけど、こらえていた。私は初めて一年生でリレーに出た時も四位で、最後のリレーでは三位だったからだ。写真を撮り終わってから下級生に「がんばったね。速かったよ。」と言って解散した後、私は泣いた。最後のリレーは一位を取りたかった。この運動会ではリレーと組体操にかけていたから、大ピラミッドは一番上だし、あとは組体操にかけることにした。




競技後の主人公の様子がとてもせつない作文でした。転んでしまったため泣き続けているチームメイトを見ながら、自分は涙をぐっとこらえる主人公。ここで泣いてしまっては転んだチームメイトを責める事になると考えたのでしょうか。そしてその後、後輩の健闘をたたえ、解散になった瞬間、こらえていたはずの涙がこみ上げてきます。本当はどうしても1位になりたかったという気持ちがこの瞬間にあふれてしまったのでしょう。
子どもたちは、毎日の様々な場面で喜んだり心を痛めたりしながら成長していきます。たとえそれが大人から見たら些細な出来事だとしても。この作文を読んでいて、そんなことを思い出させられました。

塾長

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2014年09月14日

「初大将騎馬」

SHINOMI(小6)

 「一回戦目。総当たり戦です。」
 騎馬戦が始まった。わたしは、一番大切な前で支える人だった。
「はい!って言ったら上げてね。」
 チームワークはまぁいい方だ。
 運動会の二日くらい前の日に、上に乗っている女の子が、周りから攻められて後ろを向いた時に後ろに倒れすぎて頭から落ちてしまった。次の日その女の子は、運動会の練習ができなかったので、わたしはその子の分までがんばってやろうと思った。
 当日は出ることができたがまだ少し頭の後ろが痛いと言っていた。入場する時、上に乗るのが少しこわいと言っていた。わたしは、本当にいやな思いをさせてしまったなと思った。だからその女の子に、
「ぜったいに支えるから」
 と約束した。
 総当たり戦はすぐに帽子が取られてしまったが、しっかり支えることができたので少しだけ安心することができた。
「一回戦目は、同点です。」
 と言われた。次の試合で勝たないと負けると思った。
「二回戦目は、かくし大将戦です。」
 わたしたちは、ちゃんと大将騎馬を知らされていなかったから誰を守っていいのか分からなかった。しかし私たちのチームは大将騎馬ではなかったので、どんどん攻めることにした。だれかが大将騎馬を取った。太鼓が鳴る。しかし、なぜか先生たちが集まった。先生は、
「ただいまの試合は無効です。」
 と言った。なぜ無効だったかはよく分からないのだが、せっかくがんばったのになと思った。一回戦目同点二回戦目無効ということは三回戦目で決まる。もう大将騎馬はばれてしまっているので、新しく決めることにした。最初の大将だったチームに、
「大将騎馬をやって。」
 と言われたが、わたしは少しいやだなと思ったなぜなら私たちの騎馬はいつもいつも取られていたからだ。
「三回戦目を始めます。」
 すこしきんちょうしながら始まった。しかしわたしたちは、だれを攻めていいのか分からず守ってもらってばかりいた。結局あまりみんなと戦わずに終わってしまった。でも自分のチームが大将騎馬で取られなかったのでとってもうれしかった。
 毎年先に取られていた私のチームが最後まで取られずにすんだのでうれしすぎて、上に乗っていた子とみんなでタッチをいっぱいしあった。こんなにうれしかった騎馬戦は初めてだった。



「ぜったいに支えるから」
この一言でやられてしまいました。主人公は女の子なのですが、なんと男気のあるセリフなのでしょう。練習で怖い思いをさせてしまった友だちを全力で守るという意思表示。僕が子どもの頃だったら「全力でやるからさぁ、だめだったらごめんね」みたいなことを言ってしまいそうです。たった一言のセリフで作品全体に力を与えてしまうくらいのインパクトでした。自分のことより友だちのためにとか、友だちを大切にとか、そんな説明的な書き方をされたら、これほど僕がやられることはなかったと思います。もちろんこのセリフ以外にも良い所は多く、解説しようと思えばまだまだ書けますがあえてやめておきましょう。
ちなみに、この作文は春の運動会でのことを書いたものですが、秋のスポーツシーズン到来に合わせてご紹介しました。これから運動会の作文を書く皆さんの参考になるかもしれませんね。

塾長
posted by 塾長 at 19:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作文紹介

2014年08月30日

「突然の落馬の事件簿」

HANA.Y(小5)

8月12日
 毎年、私を熱くする乗馬の日がやってきました。
 が、
 事件が起きたのです。
 バタバタ、ヒヒーン、バタ。
 この時私に、何が起きたかお話します。
 いつもの通り楽しみに馬に乗りに行った私は、去年から馬で小走りできるぐらい、上達していました。その日も小走りができる準備をしてでかけ、とてもワクワクしていました。ですが、その日は乗馬クラブの休みの日で無理言って、やらせてもらったのです。
 乗馬クラブについて、クラブのおじさんがお父さんと話しているのを聞いていました。それは、福島の馬のお祭りの事でした。そのお祭りで、急カーブで落馬し植物状態になった子がいると聞いたのです。
 そして、乗馬が始まりました。その馬は、ちらちら仲間の方を見ていて、時々、草を食べにも行こうとしていました。私は、うまくコントロールしようと必死でした。
 やっと馬で小走りする時がきました。とても楽しかったんです。
 ところが小走りで7周ぐらいして8周目の途中で馬がいきなり、猛スピードで走り出しました。私は、がんばってたづなを持っていたのですが、馬がいきなり止まったのです。落ちていく時、さっきの子の話のように植物状態になるのか?や死ぬのか?など一瞬にして、色々なことが頭をよぎりました。落ちる時はスローモーションでした。地面に近づくといきなり速くなって落ちました。
 落ちた後、右手にはげしい痛みがあり、両足に打撲、すりきずがありました。
 今は、いい思い出で笑って話せますが、最初は話すのも悲しかったです。
 なぜ、馬は私を落としたのでしょう。私が悪かったのでしょうか?
 馬に聞いてみたいです。(笑)



とても危険で痛い出来事なので、こんな解説を加えるのも申し訳ないのですが、落ちる時の描写が良く書けていますね。馬が猛スピードを出した後に急ブレーキをかけた様子が書かれているので、乗っている人が慣性の法則で放り出されるのは容易に想像がつきます。また、落ちていく時はスローモーションのように感じられ、地面に叩きつけられるときにいきなり速くなるというのは、落ちた時の自分の感覚をより正確にレポートしようとする試みが感じられます。このような流れがあるだけに、タイトルを事件簿としたのも納得できました。
 今回は作文としてはとても良く書けていましたが、小5の女の子が落馬するというのは衝撃的な内容でした。次は見事に馬を操り、楽しく自然の中を駆け巡る作文が読める事を楽しみしています。お大事に。

塾長
posted by 塾長 at 08:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作文紹介
プロフィール
名前:塾長
自由が丘で作文教室を運営。
小学生から高校生まで広い年齢層の子供たちとともに、書かされるのではなく、書きたくなる作文を目指して活動中。